「シズちゃんの馬鹿……みんな馬鹿……」


臨也は新宿への道のりをとぼとぼと歩いていた。電車に乗ろうとすれば痴漢にあうだろうし、タクシーに乗ろうとすれば発情した運転手に何をされるかわからない。

突然の肉体の変化に精神的に参ってしまって静雄たちから逃げた臨也だが、走るたびにいつもの倍以上に揺れて痛くて痛くてしょうがなかった。


「巨乳ってこんなに辛いんだね…。波江さんや杏里ちゃんはこんなに大変だったんだ…」


臨也は身の回りの大きな胸を持つ女性たちを思い浮かべる。巨乳をうらやましいと思っていた臨也はもういなく、はやく元の胸に戻りたいという気持ちが大半をしめていた。


「おねーえさんっ!今ヒマ?俺とどこか行かない?」
「うるさい黙れ殺すぞ」
「すんませんでしたー!!」


目の前でナイフをちらつかせればナンパ少年は簡単に撃退できる。ナンパされたのだって今日でもう二桁を越えた。

狩沢に着せられた服は胸を出していないはずなのにカットソーを着ていたときよりも遥かに強調されていた。臨也は着替えようとも思ったのだが、コートも含めてワゴンに置いてきてしまっている。取りにいくこともできず、こんなコスプレのような格好で街を歩くしかないのだ。

憂鬱でため息を吐いたとき、臨也の隣にポルシェが停まった。
またナンパだろうか。そう思った臨也だったが、運転席の窓から顔を出したのは臨也の見知った顔だった。


「あれ……幽くん…?」
「こんにちは臨也さん」


俳優の羽島幽平…もとい静雄の弟である平和島幽であった。臨也はまともな幽の登場にほっと一息ついた。


「昼間からこんなところでどうしたの?お仕事忙しいんじゃない?」
「今日は夜からのだけで日中は暇だったんです。だからそれまで買い物したりブラブラと」
「へぇ」


後部座席にはたしかにいくつかの紙袋がのっていた。有名ブランドのものから安物であろうものまで、本当に彼らしいフリーダムなものだった。


「…立ち話もなんですし、よかったら乗っていきませんか?行きたいところがあれば連れていきますよ」
「本当?助かるよ」


その言葉は臨也にとって願ってもないことだった。助手席に座らせてもらい、シートベルトをしめようとしたところで胸が邪魔となり少し苦しくなる。幽は無表情ながらそれを見つめていた。


「臨也さん、それ…」

「う…」


ついに幽にまで胸を指摘されてしまうのだろうか。


「その服似合いますね」
「…え?」


危惧した臨也だったが、幽が指摘したのは胸ではなく服だった。そうだ、こういう人間なのだ幽は。初めてのセクハラされることのない喜びに臨也はつい涙が出そうなほどだった。


「ありがと、でもやっぱり恥ずかしくってね」
「兄さんとお揃いだから?」
「…幽くん、生意気」
「誉め言葉として受け取っておきます」


まったく、兄弟揃って扱いが難しいと臨也は思う。だが幽のおかげで臨也の心はだいぶ落ち着いていた。


「…どこか行きたいところはありますか?」
「あ、じゃあ俺の家まで送ってくれる?今日はもう疲れちゃって」
「わかりました」


エンジンをふかし、幽は新宿方面へと車を運転する。イケメンが車を運転するというのは何と絵になることだろうか。これだけで惚れてしまってもおかしくはない。
移り行く景色を眺めながら、思い出したように臨也は言う。


「そういえば幽くん俺の家わかるの?一度も来たことないと思うけど」
「大丈夫です。何度か兄さんを臨也さんの家の前まで送ったことがありますから」
「……送った?」
「兄さん、落ち着いてるときは走って新宿に行くような無茶はしないんですよ」


静雄が幽に送ってもらっていたというのは初耳だった。それこそ幽の言う通りいつも走って来ているのかと臨也は思っていたのだ。


「大変でしょ、そんなお兄ちゃんもって」
「いえ、俺は兄さんを尊敬してますから」
「尊敬…ねぇ……」


どこらへんが尊敬に値するかはよくわからなかったが、弟の幽がそう思うことは良いことなのだろう。あとは二人他愛もない話をしていれば、すぐに臨也の家までついた。


「わざわざ悪かったね。今度は普通にドライブにでも誘ってもらおうかな?」
「兄さんが妬きますよ?」
「たまには妬かせたいじゃない」


冗談混じりに臨也が笑うと幽も笑った。素の笑顔だった。


「では、また」


車から降り、幽の車が見えなくなるところまで見送ってから臨也はマンションに入った。そこにいた人物に顔をひきつらせる。


「やぁシズちゃん、やっぱり生きてたんだね……」
「誰が死ぬかよ。ちゃんと説明してもらうからな?」


ボキボキと指をならす静雄に、幽にどこかへ連れて逃げてもらえばよかったと臨也は本気で考えた。





 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -