新羅の家を出て池袋の街を歩く静雄と臨也だったが、それにはいつも以上に人々の視線が付きまとった。

原因はやはり臨也の胸にある。コートの前は閉めているととても苦しいから、という理由で開けられた。開放的な胸元からはこぼれ落ちそうな双丘が突き出ていて歩く度に上下に揺れる。
しかもそんな憧れの胸の持ち主が絶世の美女なのだ。ある者は幾度となく振り返り、ある者は前屈みになりながらも人々の視線は全て臨也に集中していた。


「……うぜぇ。手前ハイネックとか持ってなかったのかよ」
「ハイネックって締め付けられるみたいで嫌じゃん。それにしてもすごいねー、巨乳ってこんな気分で街を歩くんだ」


笑いながら歩を進めていく臨也に、静雄は気が気じゃなかった。誰もがみんな臨也を欲望の対象として見ている。それが許せなかった。胸を隠してほしいと思うのだが臨也にその気は全くないようで、静雄は密かにため息をつく。


「あっ!イザ姉はっけーん!あれあれ?イザ姉そのおっぱいどうしたのー?」
「凄…(大きくなってる…)」
「げっ」


前方から姿を見せた舞流と九瑠璃はすぐに臨也たちの元へ駆け寄ってきた。九瑠璃はぺこりと頭をさげ、舞流はまるで挨拶のように臨也の胸に飛び込んだ。


「わぁ!イザ姉のおっぱいすごーい!クル姉より大きいんじゃない?いいなぁいいなぁやわらかーい!!」
「や…ン……ッ、シズちゃん助けてー!」
「セクハラはやめろ舞流!」


臨也の胸にぐりぐりと顔を押し付けていた舞流をひょいと静雄が掴み上げる。常より高くなった視線から臨也を見下ろす舞流はニヤニヤ笑っていた。


「静雄さんありがとう!これならイザ姉の谷間よく見えるね!」
「なっ!?」


発言に驚きうっかり静雄は舞流を手放してしまった。華麗に着地した舞流は右手に臨也、左手に九瑠璃を抱え二人を引き合わせる。臨也と九瑠璃の胸が潰れ合いとても淫靡な光景が繰り広げられた。


「ちょ…っやめろ舞流!」
「羞…(恥ずかしい…)」
「ふたりともすっごくエロいよそそる!ねぇねぇ静雄さんも興奮するでしょ!?」
「誰がするか!」


むしろ興奮しているのはそれを見ていた周りの男性諸君なのだが。中には携帯で写真を撮っているものまでいる。

どうするべきか考えあぐねていた静雄の肩が、ポンと軽く叩かれた。


「よっ静雄!なんかすっげぇことになってんな」
「卑猥です。説明を要求します」


静雄が振り返ればそこにいたのは仕事の同僚だった。静雄は休みをとっていたがトムとヴァローナは仕事があるのだ。「お疲れ様です」と静雄は頭を下げた。


「なんか臨也の胸急にでかくなっちまって、そんで出くわした妹たちにセクハラされてるんすよ」
「あー…そのセクハラかなり悪化してるけど」
「え?」


静雄がトムたちに気をとられている間に場は急展開していた。臨也が胸を押さえながら舞流を追いかけている。舞流の手には黒くひらひらと揺れる物……セルティの影で作ったブラジャーが握られていた。


「返せよ馬鹿!!」
「妹に馬鹿なんてひどいよイザ姉!ね、クル姉もそう思うでしょ?」
「否(舞流は馬鹿だよ)」
「クル姉もひどい!?」


いや、お前ら全員ひでぇよ。

静雄はめずらしく目眩がする頭を片手で押さえた。止めなければと動こうとしたら、すでにヴァローナが3人の元に行きブラジャーを奪い返していた。


「ああっヴァローナさん駄目だよ!イザ姉のブラジャーが!」
「公然猥褻とみなします。犯罪です」


ヴァローナはブラジャーを手に臨也と向き合う。ヴァローナはまともでよかった、と臨也は心から思った。


「ありがとね。それちょうだい?」
「拒否します。渡しません」
「え」


ヴァローナのまさかの言葉にみんな固まった。ヴァローナがなぜそんなことを言うのか理解できなかったのである。


「えっと…返してくれないと困るんだけど…?」
「ならば条件あります。先ほどよりも濃密な接触、求めます。私とです。肯定してください」
「…ヴァローナ、それ折原さんにセクハラしたいって言ってるようなもんだってわかってるか?」
「もちろんです。私の好意、折原臨也に向けてます。セクハラ、問題ありません」
「問題しかねぇよ!」


唯一まともだと思われたヴァローナも舞流と何ら変わりはなかった。それ以上は耐えられなくなった静雄はヴァローナの手からブラジャーをふんだくる。ヴァローナはギッと殺意を孕みながら静雄を睨んだ。


「その行為、先輩でも許せません。返してください」
「許せねぇのはこっちだ。臨也には触れさせねぇ!」
「えっ、うわ、シズちゃん!?」


静雄は素早く臨也を小脇に抱えると人外な速さで走り去っていった。

残されたヴァローナ、トム、九瑠璃、舞流は互いに顔を見合わせる。


「…気分転換に、マックでも行くべ?」


大人なトムはそう言うしかなかった。





 
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