5月4日。みどりの日。ゴールデンウィークも真っ只中な日だ。
岸谷新羅は休日の朝を同居人であり恋人であるセルティ・ストゥルルソンと優雅に満喫していた。


「ねぇ、今日は本当に仕事がないんだね?完全に1日オフなんだね?」
『何度も聞くな。今日は完全に休みだ。そんなにめずらしいか?』
「珍しいも何も久々じゃないか!何日ぶりだろうちょっと待って確かめるから!」
『わざわざ確かめなくてもいい!というかそんなことまで記録してるのか!?』


立ち上がりかけた新羅を影で縫い止める。たちまち新羅は顔を綻ばせ、ゆったりとソファに体重をあずけた。


「こういう日もいいね。セルティと二人、誰にも邪魔されずにのんびりと1日を過ごすんだ。幸せの極地だよ」
『新羅…』


セルティの影が通常とは僅かに違うように揺らぐ。照れているのだろうか。
このような温かな日常は誰もが羨むだろう。しかし、そう簡単に訪れてはくれないのもまた日常だった。

インターホンがなる。来客のようだ。


「あー…出たくないなぁ」
『いいのか?』
「1階のフロアのインターホンだし、家の前まで来てる訳じゃないしね。放っておいたら帰るんじゃないかな?」


急患だったらどうするというのだろうか。セルティはそんな心配をしたが、もし急患ならばインターホンに出なければ次は電話をかけてくるだろうとその考えを放棄する。

インターホンが鳴ったのはたった一回きりで、その後も電話はない。


『誰だったんだろうな』
「宅配便か何かじゃないかな?近いうちに取りにいけばいいさ」


だが、それは平穏な宅配便ではなかったのだ。
ガチャッと鍵のかかっていたはずの玄関が開く音がする。それを新羅とセルティは聞き逃さなかった。

こんなセキュリティの高いマンションに侵入した強盗か。セルティは影をのばしていく。いつだって先手はとれるようにしておいた。

バタバタと足音が響き、廊下とリビングを繋ぐ扉が開かれる。
セルティが影をその人物へ放つより先に、セルティと新羅の間にナイフが通った。


『な…!?ナイフ…ということは…』
「臨也、こんな乱暴な挨拶は遠慮したいんだけど……って、あれ?」


新羅は臨也の様子がおかしいことに気がついた。いつも飄々としている方は耳まで赤く染まり、瞳は潤んでいる。何より目立ったのはその下、上半身だ。
いつもは開けているコートはファスナーで閉められている。だがコートを押し上げる異様な膨らみが今にもファスナーを壊してしまいそうだった。それがおかしいのだ。臨也はこんなにも胸は大きくなかったはずなのだから。


「…胸、何か詰めてたりする?さすがに詰めすぎだと思うよ?臨也は今まで通りが一番ちょうどいいんじゃないかな」
「とぼけるな!これ、お前の仕業だろ!?」


声を荒げて臨也は勢いよくファスナーをおろす。そうするとインナーを着ていてもわかるくらいぶるんと揺れて大きな乳房が現れた。いつもと同じVネックからは深い谷間が丸出しになり、ノーブラなのだろうか乳首がぽつんと浮かんでいる。

新羅とセルティはあまりにも不思議なこの展開に一瞬呆けた。が、いち早く正気に戻ったセルティは影をサラシのように臨也の胸にぐるぐると巻き、素早くPDAに文字を打ち込んでいった。


『どどどどうしたんだ臨也はしたないぞ!?ブラジャーは、というかその胸はどうした!?』
「知らないよ朝起きたらこうなってたんだから!ブラはこんなんじゃサイズないし…新羅がやったんじゃないの?」
「臨也、君は勘違いしてるようだね。僕はあくまで普通の闇医者であって人を巨乳にする摩訶不思議な能力はない」


眼鏡を押し上げながら新羅は臨也に歩み寄る。落ち着いたのかセルティの影は霧散し、間近で確認すれば本物であることがよくわかった。


「うーん…誕生日だし、神様のプレゼントじゃないの?」
「んな馬鹿な」
『誕生日だったのか?おめでとう臨也!』
「ああ、ありがとう」


そう、今日は臨也の誕生日でもあった。が、だからといってこんなことになり得るだろうか。
…いや、なり得てしまうのがこの池袋の怖いところだ。臨也が在宅しているのは新宿だが。


「まぁ、誕生日サプライズだと思えばいいよ。明日にはなおってるって」
「適当だなぁ」
『それにしても大きいな。どのくらいあるんだ?』
「計ってないよ。とりあえずブラなきゃアレだし…新羅メジャー貸して」
「わかったよ」


新羅は戸棚からメジャーを取りだしセルティに渡す。セルティがメジャーを臨也の胸部にまわして調べた。


『アンダーが65…細いな……で、トップが90だな』
「じゃあGカップだね!巨乳というよりはこれじゃ爆乳だ」
「え、マジで!?ブラどうすればいいんだよ…普通のとこじゃ可愛いの売ってないじゃん…」
『任せてくれ』


セルティは手の内に影を集めるとポンッと真っ黒いブラジャーを作り出した。ヘルメットをつくれるくらいなのだからこのくらいは容易いだろう。


「さすがセルティ!君に不可能なことなんて何一つないね!」
「ありがと。つけてくるからトイレかどこか借りるね」


臨也はブラジャーを持ってリビングを出ていった。セルティはやれやれと肩を落とす仕草をする。


『巨乳になるだなんて臨也もすごいよな』
「正に吃驚仰天。静雄が知ったらどうなるだろうね」
『…襲われるんじゃないか。間違いなく』
「そうだね。静雄が欲情しないわけがない!」


新羅とセルティが互いに体を揺らし笑いあっていると、またガチャッとなった。臨也かと思って二人が振り替えれば、そこにいたのは今話題にしていた人物だった。


「俺が何に欲情するって?」


突如現れてしまった静雄に、臨也がリビングにこないでそのまま帰ってくれることを二人は心から祈った。





 
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