今日は津軽と出掛ける日ということになってる。…んだけど、今日は大事な仕事があった。粟楠会の四木さんと直接面談があったんだ。
スケジュールの確認もしないで決められたからね。本来なら津軽をスパッと断るところだけど、津軽の切なそうな目に言い切れない。
「津軽どうする?せっかくだけど今日は…」
「俺も行く」
「え」
「迷惑か?」
「うーん……」
迷惑か否か。まぁ津軽はおとなしいし余計な口出ししないし、情報漏洩を危惧する心配もないけど。これがシズちゃんだったら絶対に連れていかない。
…せっかくだしいいか。ボディーガードということで。津軽のお手並み拝見だ。
「じゃあ行っちゃおうか!」
そんなわけで俺と津軽は今、粟楠会に来ています。
「…ここが、悪の組織……」
「津軽、別にこういうところがみんな悪の組織ってわけじゃないからね」
「そうなのか?」
「…そうじゃないとは言い切れないけど」
四木さんはまだ来ていない。見張りの男も外にいる。だからこんな会話ができるんだ。
当然だけど津軽がこんなところに来るのは初めてだ。だからかあからさまではないけれどちらちら周りを見渡している。
意外と子供っぽいところがあるのかとほんわかした気分になった。
津軽が見るからに高そうなテーブルの上におかれた茶に手を付ける。飲み方のなんて上品なこと上品なこと。シズちゃんの顔でこんな風にされるとやっぱりまだ違和感が拭えない。
「……そうだな、少なくとも茶をいれた人はそこまで悪い人じゃない」
「そんなことわかるの?」
「茶には人の心が現れる」
いつになく津軽は饒舌だった。やっぱり外に出れて多少なりとも嬉しいみたいだ。やっぱりもっと頻繁に出してあげるべきか。
それにしても津軽に茶はよく映える。着物だからというのもあるけど雰囲気が。
「……津軽はお茶。シズちゃんは牛乳、デリックは洋酒、月島くんはホットミルク」
「何が?」
「飲み物のイメージ。けっこう的確じゃない?」
「…ただ好きそうな飲み物言ってるだけじゃないのか」
言われてみればそうかもしれない。だけどしっくりくるのもそれな気がする。
「俺は何かなぁ。コーヒーとか?」
「それは色のイメージ。臨也さんは…そうだな、媚薬だ」
「…飲み物じゃないだろ、それ」
「でも媚薬だろう」
ぎゅ、と手を握られ、そして津軽の顔が接近する。近いって、ちょっと。
「臨也さんを見てると胸が熱くなる……きっと臨也さんが媚薬だからだ。こんなにも貴女をほしくなるだなんて」
「だ、だめだよ津軽っ!俺は……」
「お待たせしました」
がらり。四木さんの登場に慌てて俺たちは身を離す。四木さんは訝しげに眉を潜めた。
「…折原さん、なんで平和島静雄が着物着て同席しているんですかね」
「ボディーガードです。最近物騒ですから。ねっシズちゃん」
「ああ、そうだ」
シズちゃんと思わせていた方がいいかもしれない。そう思ってぶっつけだが津軽にはシズちゃんのふりをしてもらうことにした。賢い津軽ならわかってくれるはずだ。
「では、本題に入りたいのですが。そちらは…」
「シズちゃんのことなら気にしないでください。どうせシズちゃんが聞いてもちんぷんかんぷんですから」
「おい臨也…」
「あはは、ごめんごめん」
津軽のシズちゃんの演技はなかなかのものだった。ほんとにただの着物着たシズちゃんに見える。ベースがシズちゃんなんだからおかしいことじゃないけど。
会談は円滑に進んでいき、もう終わりに近づいていた。今日もいい金額をもらえそうだ。晩ごはんは何にしような。
そんな主婦めいたことまで考えてしまう。
「だいたいこんな感じですかね。まだ何かありますか?」
「ではひとつだけ。それは平和島さんには席を外していただきたいんですが」
「…シズちゃん」
「ん」
シズちゃんもとい津軽が部屋から出ていく。すると四木さんの雰囲気が変わった。
「あの男は誰だ?平和島静雄と似てるが平和島静雄じゃないだろう」
「おや、どうしてそう思うんですか?」
「いくら何でもあれだけ言って平和島静雄がキレないわけがない」
「…ああ、そういうことですか」
通りで今日は誘うような言葉が多いと思った。シズちゃんなら即キレるような発言がちらほらと。でもそんなこと津軽にわかるわけがない。隠し通したかったわけじゃないけど迂闊だった。
「そうです彼はシズちゃんじゃありません。シズちゃんのクローン人間です……って言ったら信じます?」
「貴女が信じれと言うのなら信じますよ」
「ふふ、嘘ばっかり。まあ今後ともどうぞよろしく。次は違う格好してくるかもしれませんね」
俺は席をたち、ぺこりと頭を下げて退室した。部屋の前で津軽は正座して待っていた。無駄に足長いからかやけに座高が低い正座だ。
「終わったか。すまない、うまく演じきれなかったな」
「ううん、いいよ。帰りに美味しいお茶買っていこうか。俺がいれてあげるよ」
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
差し出した俺の手を、津軽はきゅっと握り返した。