「俺にお茶淹れて、その封筒にそこの書類三枚とあっちにおいてある書類八枚入れて切手貼って帰るときに投函して、その後右から四番目のファイルの中に山野辺さんの契約書あるから破棄、で、藤本さんと中村さんと浅治さんにそれぞれ電話してメモに書いてある情報を伝えて、それが終わったら掃除してお昼ご飯作ってね。午後からの予定はまだいいや」
「…相変わらずだけど、貴女って本当に人使い荒いわよね」
「それでも波江さんはちゃんとやってくれるじゃん。波江さんラブ!」
「気持ち悪いわ」


いつも通り出勤した波江さんにいつも通り指示をしていつも通りの日々を始める。シズちゃんたちがいた痕跡は波江がくる前に跡形もなく抹消した。いくら鋭くても波江が気づくことはないだろう。
これから先ずっと隠し通すのは難しいとはわかっているから、せめていろいろと心の準備ができてからにしたい。そのときはバレるんじゃなくて俺から伝えた方がずっと楽だ。

波江が俺のデスクの上に素っ気なくお茶を置いて与えられた仕事をこなしにいく。本当に有能すぎるくらいだ。俺も頑張らなくちゃ、とパソコンに向き合う。お茶はまだ熱くて飲めなかった。

まずはメールの確認をする。どうでもいい情報からけっこうタメになる情報まで多種多様だ。どんどんスクロールしていくとそこに嫌な名前を発見した。もうアドレスなんて覚えてしまっている、九十九屋真一と登録してある男。こいつからメールしてまで情報をよこすことなんて皆無に等しいから嫌な予感がした。
とりあえずクリックして確認してみれば、嫌な予感は的中に変わる。


「…ほんと、盗聴機でも仕掛けられてるんじゃないの」


メールの内容は
『やぁ折原、ずいぶんと面白いことになっているようだな。三人の平和島静雄に囲まれるというのはどういう気分だ?やはり乙女ゲーの主人公になったような感じか?
まぁ、いい。男はみんな狼だから気を付けろよ。今日みたいに裸の胸をまさぐられるだけじゃ済まないだろうからな』
というようなものだった。


津軽とデリックがいることも、今朝起きたばかりの出来事も知ってるとなると同じ情報屋としても気味が悪くなる。盗聴機捜索も波江に頼んでおけばよかった。

ごとん、と不意に後ろから重い音がした。振り返れば、波江が掃除機を手に階段を上ろうとしているところだった。


「あれ、ずいぶん早いね。電話はけっこうかかると思ったんだけど」
「三人共聞きたいことだけ聞いたらすぐに電話を切ったわ。やたら長くなるのは貴女が電話したときだけよ」
「いつもあっちが終わらせてくれないんだけどねぇ」


俺と話したいのか何なのか知らないけど無駄話を繰り返す輩も少なくはない。俺は体を反すとまたパソコンの画面に目を向ける。

けど、何かを忘れているような気がする。とても重大なことを。
何もおかしいことはしていないはずだ。俺はパソコン、波江は掃除。…掃除?


「あぁああぁあああああ!!」


思い出した。俺は急いで階段をかけ上がって寝室のドアを開けようとしていた波江の腕を掴んだ。


「……なんなのよ」
「寝室の掃除はしなくていい!ちょっとすっごく散らかってるから見せられなくて!!」


すっかり忘れていたけど寝室に津軽とデリックを押し込めていたんだ。開けられたらすぐにバレる。
いつもの波江ならこう言ったらすぐに立ち去ってくれるのに、今日はなぜかそうはいかなかった。


「何よ、貴女いつもそんなこと気にしなかったじゃない。今回だって気にすることないわ」
「いや、その…っあ、だめぇぇぇ!!」


がちゃり。無情にもドアが開かれる。
その向こうにはどこから出したのかトランプをしている二人がいた。二人共俺たちを見て目を丸くしている。


「…おろ?」
「…初めまして」


一応声をかけられたが波江は二人を気にせずに俺の肩を掴んだ。


「…貴女にあんな大きな子供がいただなんて知らなかったわ。父親は平和島静雄?ずいぶんそっくりに育ったようね」
「波江さん、そのボケ本気で笑えないからやめてくれる?」


クールビューティー波江ですらボケを言ってしまうくらい津軽とデリックは衝撃的なようだった。そりゃそうだ、俺もびっくりしたんだから。
こうなったら仕方ない、と簡単に二人のことを紹介した。波江は感情のない冷えきった声でたんたんと告げる。


「貴女がまた痛々しい趣味に走ったわけではなかったようね。少し安心したわ」
「はは…」
「お姉さん美人っスね!口説きたいくらいだけど俺には臨也ちゃんがいるからできないですスンマセン!」
「…安心の欠片もなくなったわ」


デリックが変なことばかり言うから波江怒ったじゃんかちくしょう。あとさりげなく自分のものみたいに言うな。

とりあえず、波江の前では津軽とデリックは自由に顔を出しても大丈夫なようになったのだった。





 
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