「……そこに誰かいるの?」

臨也の声が静雄を竦める。静雄は決して大きな物音を立てるという失態は犯さなかった。出した音といえば衣擦れのものくらいだ。それなのに気づくということは、臨也の感覚が非常に鋭くなっていることを示している。

「ねずみかな?この際仕方ないや。血ならなんだっていい。だから……」

臨也の殺気が色濃くなる。今となっては懐かしいものだが悠長に構えている暇はない。すぐに静雄は這いずりだし、臨也に攻撃をしかけた。今の臨也は正気ではない、つまり荒技を使ってでも元に戻さなければいけないのだ。
臨也は攻撃をひらりとかわすとバスローブの袖からナイフを出した。なぜそんなところからナイフが出てくるのか理解できない。わかることといえば臨也が静雄を認識していなく、傷つけるという明確な目標があることくらいだ。

ナイフを持った腕が静雄に向かってくる。臨也のナイフさばきはなかなかのものだ。静雄が町にいたころよく絡んできたごろつきたちとは全く違う。体力には自信があるとはいえ、今の臨也相手では静雄の勝機は薄かった。

「ちくしょう……!一応もう引退した身だからあたり使いたくねえんだけど、やるしかねえか」


印をつくり呪文を唱えると静雄の手が発光する。臨也の攻撃を避けながらのため緩やかだが、細長い棒状かつ先端部に大きな板のついたものが形づくられていった。現代日本でいう標識に酷似しているかもしれない。
かつて祓魔師だった静雄が武器を召還するくらいは易しかった。ぶんぶんと大きく振り回せばリーチの長いそれは牽制にもなる。臨也も警戒しているが静雄は構わずに直行した。

勢いづけて武器を投げつける。だが相手は臨也だ。間一髪のところで臨也は武器を避け、ナイフを振りかぶった。しかしナイフは臨也の手から離れて地に落ちていく。呻き声と共に倒れかけた臨也を支えた静雄の、拳は臨也の腹にめり込んでいた。確実に打撃を与えるために武器で意識を反らしたのである。
普通の人間ならあばらの一本や二本折れていてもおかしくないが、人間ではない臨也は軽くせき込むくらいだった。労るように優しく背を撫で続けてやれば、臨也ははっとしたように顔を上げた。

「うわっ……シズちゃん……?」
「おっ、ようやく戻ったか」

臨也ははっきりと意識を取り戻し、数秒思考を停止させたあとで顔を真っ赤にした。自分が今までどんな状態であったかを鮮明に覚えているようだ。

静雄と目線を合わせないまま、気まずそうに溜め息を吐く。

「……みっともないとこ見せたね。久々に血を飲んだから抑えがきかなくなって……って、あの血を持ってきたのは君?誰の血?」
「持ってきたのも血も俺だぞ」
「へえ……そうなんだ……」

会話が終了する。気まずいと感じているのは静雄も同じだった。黙って臨也の観察に勤しんでみると、もじもじと所在なさげに手指の先をいじっている。頬はまだ赤いし欲情の火は消えていないのだろう。こんな時に自分が何をできるのか、答えはすぐに出た。

「あと一杯分くらいは血残ってるけど、飲むか?」
「え?いいの……?」
「おう。いいぞ」
「うわぁ!ありがとう!」

臨也は今にも抱きついてきそうな勢いで喜んだ。それをかわいいと思いつつ、冷蔵庫から輸血パックを探る。すると後ろから伸びてきた手がひょいっとそれを持っていった。よほど飲みたいんだろう、と特に憤ることもなく振り返れば、ナイフが振り下ろされた。

「な……!?」

ナイフは肌と服の間に綺麗に入って布を裂いていった。静雄のほどよく筋肉のついた上半身が露わになる。

「いざやぁ……?ちょっとおいたがすぎるんじゃねえか……?」

「だってシズちゃんだけ服着てるのやなんだもぉん。俺はこんなかっこしてるのに」

バスローブの前をさらに割って乳首を露出させる。ツンと立ち上がって赤くなったそれは貪りつきたくなるような魅力があるが、そう簡単にのせられるわけにはいかない。
しかし静雄が手を出さなくても臨也は特に気にしなかった。静雄の血と静雄本人とを交互に見やるくらいだ。なんとも言えぬ嫌な予感が止まらない。そして嫌な予感というのはたいてい的中する。

「ねえ、シズちゃーん。この血、シズちゃんにぶっかけてから舐めたいなぁ」
「は?」

ほら、そうだ。何を言ってるんだふざけるなという目を向けると、彼は困ったように続けた。

「だってせっかくシズちゃんの血なら雰囲気出したいじゃないか。直接噛んで血を吸うわけじゃないし。なんなら俺が噛みつこうとしたら止めるために殴ってくれてもかまわないからさ……、だめ?」

小首を傾げる姿がこんなに似合う男というのもめずらしい。わかりやすく頬を染めた静雄は「勝手にしろ」とそっぽを向いた。

「ありがと。じゃあぶっかけまーす!」
「ひッ」

静雄に胸にどばどばと血がかかる。冷やされていた血の温度に体を震わせた。





 
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