静雄が城に着いたときにはとっくにあたりはすっかり暗くなっていた。そろそろ臨也が本格的に活動を開始するくらいの頃合いだ。

献血した血は輸血パックに入れてもってきた。ちゃんと保存できるような設備が城にはないため帰ったらすぐに飲ませなければならない。1日はやい誕生日プレゼントになってしまうがそのあたりは勘弁してもらいたい。

「ただいまー」

自分の帰宅を報せるも臨也から返事はなかった。近くにはいないのかもしれない。この広い城の中では声が行き届かないのが普通ならはずだが、臨也はなぜか挨拶を返してくれることのほうが多い。まだ寝ているのだろうか。それとも手が離せないのか。
臨也の姿を探してさまよっていると浴室から水音が聞こえた。どうやら入浴中らしかった。それなら風呂上がりに飲んでもらえてちょうどいい。

静雄は臨也愛用のワイングラスを取りに行き、風情も何もなくなみなみ血を注いだ。静雄にとっては濁った血の色も、臨也にとっては綺麗なワインの色に見えるかもしれない。そう期待を込めて静雄はワインをテーブルの上に置き、そこが見えるような位置に隠れた。風呂上がり臨也は必ず飲み物をとりにくるから放置されるようなことはない。
ちなみに余った血は冷蔵庫に入れておいた。

臨也は喜んでくれるだろうか。今さら少し不安になってしまうが信じるしかない。隠れたのは臨也の反応をこっそり窺うために他ならない。これで無視されて手をつけてもらえなかったら、きっとかなり落ち込んでしまう。
臨也を待つこと数十分、ようやく臨也が現れた。バスローブを見にまとった臨也が上機嫌に近づいてくる。いつものにおいと少し違うことから、新しいアロマが予想以上によかったんだろうと判断できる。臨也は入浴タイムをあらゆる手段で毎回心置きなく楽しんでいた。

のんきに鼻歌を歌っていた臨也がついにテーブルの上の物体に目を向ける。臨也はそれまでのほがらかな表情が嘘かのように顔を険しくさせると、口元を押さえて飛び退いた。警戒するようにじりじりと距離を離していく。それは予想外の展開であった。

「どうして……!どうしてこんなところに人間の血があるんだよ……っ!」

憎々しげな声を出しつつも部屋から出ることはなかった。臨也の視線は血の入ったグラスから離れない。静雄は臨也の様子がおかしくなっていく様を見ていた。呼吸は浅くなり、風呂に入ったばかりの肌には水滴とは違う汗が浮いている。
それは欲情しているときの臨也の姿だった。
何度もグラスに近づこうとしては躊躇い、部屋から出ようとしては留まる。なんて焦れったいのかと静雄はいらいらしていた。自分の血は全く手をつけられず、臨也が喜んでいるのか否かすらわからない。いっそ隠れるのをやめてむりやりにでも飲ませてやりたいところだが、その衝動をぐっと抑えて息を潜める。そんなことただの暴行にしかならないからだ。静雄がそんな葛藤をしているなか、臨也がついに動いた。

「ちょっとだけ……、ちょっとだけなら、いいよね……?」

情事の時に酷似した息づかいで言葉を紡ぎ、静雄に弱々しく縋るのと同じ手つきでグラスを手にとった。手が小刻みに震えているため今にも落としそうだ。中身が零れる前にとすぐに口元に運び煽れば、臨也はびくびくと体を痙攣させて床に崩れ落ちた。

「ぁ、あ、やば……おいし……!」

グラスは落とさなかったものの、衝撃で血の大半がこぼれてしまっていた。グラスを隅に置くと手にかかった血を一心不乱に舐めとっていく。手の甲も指の股も丁寧に丁寧に舐める姿は、意地汚い子供が零したものをもったいないと食べるのと大差ない。それでも色気があるぶんずっとタチが悪かった。


手も口もべっとりと血を付けて臨也は笑んだ。ぞくぞくとした何かが背筋を這い回る。臨也が吸血鬼なんだということを思い返すには充分だ。
本来なら吸血鬼は多少血を飲んだだけでこんなにもぶっ飛んでしまうことはない。しかし何ヶ月も血を絶っていた臨也には麻薬にも似た快感が身を襲ったのである。他のもので代用できるとはいっても、吸血鬼の主食はやはり血なのだから。

グラスに僅かに残った血まで飲み下して臨也は一息ついた。その目は足りないとばかりに潤んでいる。

「……どうしよう、まだほしい……だめ……」

臨也は体を抱き込むように押さえてうずくまった。 久しぶりの血は臨也の抑揚をくすぐる。
一部始終を見ていた静雄はというと、臨也のかつてないほどの妖艶さに狼狽えていた。予定では「誕生日おめでとう。それ俺からの誕生日プレゼントだからな」と軽く言うつもりだったのに、全然そんなことを言える空気ではない。しかしこのまま隠れていても埒があかないのもまた事実だった。臨也にばれないようにここを抜け出して部屋にでも引きこもり、明日あたり平常に戻った臨也にちゃんと誕生日祝いの言葉を言えばいい。それが最善だと体を動かした、その時だった。





 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -