夜になれば必ずある男がやってきた。いくら厳重な鍵をかけたとしても、その男は難なく鍵を解いてやってくる。 静雄は何年も前から毎晩のように現れる男を思いながら十字架を握りしめた。もはや男の来訪は日課と言ってもいい。
今日こそぶん殴ってやる。殺してやる。そんな物騒なことを考えつつ布団に潜って寝たふりをした。鍵は無駄とわかっていてもかけている。鍵をかけないと来訪を待っていました、という風に受け取られる……と静雄は考えているからだ。

「臨也の野郎、今日が手前の命日だからな……」

ぎりり、歯ぎしりをする。静雄は戦闘準備は万全にしていた。すぐに狸寝入りがばれないようにと今は寝間着を着ているが、普段の彼は聖衣に身を包んだ吸血鬼ハンターである。聖衣はハンターの制服のようなものであり、聖衣を着ているからといって別段聖職についているわけではなかった。静雄が神に祈りを捧げる姿なんて親兄弟も友人も、誰一人として想像ができない。

眠気を抑えながら臨也の来訪を待つ。吸血鬼ハンターの仇敵である臨也は当然吸血鬼だ。吸血鬼は今の時代も多く存在する。隣人が人間に化けた吸血鬼でした、だなんて話もよくあることだ。
吸血鬼は昔から人間に仇なす者として見られてきたが、だいぶ時代は進み今では共生することも当たり前になってきた。しかし吸血鬼が皆善良というわけではなく、害をなす吸血鬼も少なからず存在する。人間に危害を加える吸血鬼を始末することこそ、吸血鬼ハンターの役目であった。

「…………きた」

バサッ、バサッ、と羽音が聞こえてきた。こんな大きな羽音を出して飛ぶ鳥を静雄は知らない。その音が臨也のものだと静雄はわかっている。静雄は息を潜めて臨也が来るのを待った。
羽音はどんどん近くなり、最終的には窓のあたりで止まった。今夜は窓から入るつもりらしいが窓だって鍵をかけている。何回か窓が叩かれた。当然合図するつもりはない。

窓の外、カーテン越しのシルエットは何やら考えているようだった。その状態は何秒かだけ続き、やがて消えた。ヒュンッと一瞬だけ風を切る音が鳴ったかと思えば、窓ガラスは蜘蛛の巣状の割れ目を作ってから派手に割れだした。相変わらず乱暴極まりない男だった。床に霧散したガラスを踏みながら臨也は静雄のもとへ近寄っていく。

「……シズちゃん、なんで狸寝入りなんかしてるの?」

まだ顔すら見ていないのに指摘されて肩が跳ねた。
臨也はその様子を見逃すこともなくクスクスと笑う。

「うまく狸寝入りしてるとでも思った?全然だめだよ。君は本当に寝てるときは布団も枕もベッドからはみ出てるんだからね。何より殺気が隠し切れてない。まだまだ修行不足かな」
「うるせえっ!」

ここまで言われてまだ黙っていられるわけがない。起き上がった静雄が咆哮をあげながら殴りにかかるが、臨也はそれを軽々と避けると静雄の後ろに回り込んだ。静雄が振り返るより先に足を払い再びベッドに返す。倒れた静雄に覆い被さって首筋に手を添えた。

「まだ俺のこと殺すつもりでいるの?俺がいないとせっかくおさまってる他の吸血鬼たちが暴れ出すよ?」
「ぐっ……」
「人間の君と取り引きしてあげたんだからさ、破ろうとなんてしないでよ。忘れたとは言わせないからね」

臨也はそう言って静雄の襟元を寛げた。白い首筋が露わになる。
本来人間と吸血鬼の取り引きなどあってはならないことである。静雄自身そんなことするつもりは全くなかった。しかし取り引きせざるを得ない状況というのもまたあるものである。

それは数年前のことだった。今とは違い両種が共生していることはなく、吸血鬼の危害が多発していた。
普通の人間は吸血鬼に対抗できる手段をもたない。吸血鬼ハンターとしてまだ新米だった静雄もそれなりの数の仕事をこなしていたわけである。
いくら倒したとしても吸血鬼の数は多い。静雄の仲間もずいぶんとやられた。そんな折に現れたのが臨也だった。

臨也は吸血鬼としてかなり位の高い位置にいるらしい。ここ一帯の吸血鬼はすべて眷族であり、他の吸血鬼をある程度は従えるということだった。夢のような話だ。臨也は静雄より数m高い位置から見下ろしながら、甘美な毒の台詞を吐いた。

『実はね、君のことは前から目をつけていたんだよ。平和島静雄くん……、えっと、シズちゃんでいいかな。君は吸血鬼に噛まれても吸血鬼化しない、稀なる人間なんだろう?血も美味しそうだ。どう?君がその命つきるまで俺の糧になってくれるのなら、俺の手が届く子たちは制御してあげる』

もちろんそんな誘惑に乗ってはいけなかった。だが終わりのない戦いに疲れていた静雄は、その誘惑を受けてしまった。静雄でなくてもきっとそうだろう。
静雄は自分にそんな特異体質があるとは知らなかったし疑いもした。それでも静雄にはどういうわけか、臨也が嘘をついているようには見えなかったのである。
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