静雄はしばらく前から臨也の住処を知っていた。しかし実際に訪れるのはこれが初めてである。なぜ今まで手を出さなかったのかというと、もしも来襲に失敗したら、臨也はすぐに住処を変えることが予想されるからだ。失敗したときのことを考えることも重要だと田中という先輩祓魔師に学んだため、静雄も一段と慎重になっているのだ。
これでも今の住処を見つけるのにだって相当な時間がかかった。チャンスは一度だけしかないと見送っていたが、新羅から聖水を受け取ったいまこそが行くべき時であると静雄は確信した。

臨也は吸血鬼のため活動時間は夜だ。つまり昼間は就寝中のはずだ。寝込みを襲うのは静雄の意に反するがそうも言ってられない。せっかくのチャンスをないがしろにするわけにはいかないのだ。
かばんの中に小瓶を入れて、取り出しやすい位置には銃を仕込んだ。臨也を殺る準備なんて静雄にとってはその程度で十分だ。

太陽が照りつける道を歩きながら臨也の住処へと向かっていった。念のために気配を消すことだって忘れなかった。静雄とてそう甘くはない。
住処といっても隠れ家のようなものや洞窟の類ではない。
臨也がよく出没する森からさほど離れていない古城、そこが臨也の住処だ。まさかそんなところにいるだなんて想像できないだろう。確かにもう誰も寄り付かない古城は住処にするにはうってつけである。取り壊すにも忍びないので工事の手は進められていない。人々もこんな近くに吸血鬼が生活しているだなんて思うまい。

「人間を甘くみるんじゃねえよ、化け物」

咥えていた煙草を踏みにじって、3mは越えているであろう塀を難なく乗り越え敷地内に足を踏み入れる。今のところ臨也に気づかれた様子はない。ただ臨也を探すのに時間がかかりそうだ。古城というくらいだから部屋数が多い。寝てる臨也が目覚める可能性だってあるから、なるべく早く事を済まさねばならないのもある。

城内にまで入って臨也を探す。内装は綺麗だった。あちこちに髑髏がおいてあって、たくさんのコウモリが飛んでいるような城内を想像していた静雄は驚いた。あまりにも偏っていて単純な思いこみに苦笑する。しかし同じようなイメージをもつ人は何人何十人といるだろう。
こういうところの寝室というのは奥にあるのではないか。そう思って進んでいくが、各部屋をいちいち扉を開けて確認するのはめんどうだ。
「めんどうだからあまり使いたくないんだけどな……。でも仕方ねえか」

静雄はそう呟いてその場にどかりと座った。手袋を脱いで親指を口元にあてる。先のほうを少し噛み切ると思いの外多量の血が流れた。ちょうどいいかとその親指で床に魔法陣のようなものを書き、サイレンサーをかけた銃で中央を撃ち抜く。すると弾痕の残った場所からは金色の光が浮かび、廊下の奥へまっすぐ延びていった。

これは魔物を発見する際の方法のうちの一つだ。通常はもっと手っ取り早くて容易な方法を使うのだが、今日の静雄の装備といったら銃と聖水の入った小瓶くらいしかない。だから簡単な、魔法陣さえ覚えていれば誰でもできる術を使った。普段携帯しているものくらいはちゃんと所持しておくべきだったかと後悔した。
そうこうしている間にも光は薄れていく。なにしろ即席なものだからもう効果が弱くなっているようだ。消えきる前に静雄は急いで光を追った。

光は長い廊下の終わりから2番目、右側の部屋に寄ったところで途切れていた。どうやらここに臨也がいるらしい。ついに臨也を仕留めるときがきたのだ。音をたてないように慎重に扉を開ければ、すぐ大きなベッドが目に飛び込んできた。
むしろベッドくらいしか家具がない。完全なまでの寝室だ。吸血鬼にとっては当然というべきか窓はないが、おそらく窓があっただろう壁は一部色が変わっている。元々は古城だったため吸血鬼に向いた作りじゃなかったはずだ。窓を塗り込んだに違いない。

吸血鬼の眠りがどれほど深いかはわからないが、静雄はおそるおそる近づいていった。ベッドには無防備に眠る臨也の姿。寝間着はパーカーにハーフパンツといった吸血鬼のくせにかなりラフな姿だった。自称伯爵なら寝るときもそれっぽいかっこしろよと内心突っ込む。
静雄は臨也の寝顔をじっと見つめた。薄暗い部屋の中でも臨也の肌の白さははよくわかる。思えばこんなにじっくりと臨也の顔を見たのは初めてだった。睫が影を落とすほど長いなんて静雄はたった今知った。寝ているときは幼く見えることだって、ただ追い続けるだけならば絶対知り得ないだろう。新たな発見の連続に静雄の胸は高鳴っていく。

しかし静雄は自分が何をしにきたのかを思い出した。こんなことしていられないと慌てて小瓶を取り出す。小瓶の蓋を開けるのも力加減を気にしないと割れてしまうかもしれないので億劫だった。

「ああくそ、うざってぇな……!」
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