あくまで透明なつもりですか


「遊戯さんが、好きです」


オレはずっと必死だった。
彼との決して短くはない時間の中で知らずにいられるほど鈍感ではなく、かとい
ってすぐに今の関係を解消させるような積極性というか、覚悟もない。

それなのに、ただ近くにいることがオレはすぐに我慢できなくなった。
一生隠し通し続けるつもりで、遊戯さんの傍を離れることだけは拒んだせいだ。

遊戯さんが好きだ。


オレの好意に対する遊戯さんの反応は、悲しいくらい想像した通りだった。嬉しそうに笑ってこちらを見つめる瞳は胸がひきつるくらい優しげで。
受け入れてくれた訳ではない。
遊戯さんに好きだと衝動的に漏らすのが初めてではないだけだ。
俺から告白された所で答えてくれる訳もない遊戯さんは深層の意味を知らずに、
いつも笑う。


ローテーブルの上には彼の写真が載った雑誌が何冊か開いて置かれている。その
どれもは華々しい戦歴が綴られていて、遊戯さんと名だたるデュエリストが一緒に写っていた。
そのひとつに彼と親しいデュエリストとの真新しい記事を見付けて、遊戯さんは目を細めて微笑む。胸がざわついた。そいつのことは俺もよく知っている。雑誌を開くまで、オレは遊戯さん以外の奴はこれっぽっちも目に入らなかったと言うのに。昨日あの記事を読んだときに目にした写真が脳裏を過って目眩がしそうになった。

オレとは全然違う男。無口で、淡々として、落ち着いている。遊戯さんの隣に立つその姿も憎たらしいほど落ち着き払って様になっていて。
けど、目線はカメラの方を向かずレンズに軽く微笑む遊戯さんを見ていた。淡白に結ばれた口元とは合わない甘い視線だった。

オレと同じ、憧れを飛び越えた好きで好きで堪らないという目。ざわざわする。



「ありがとう。十代君はいつもストレートに誉めてくれるからちょっと照れるけど、凄く嬉しいよ」


オレの心を知る筈もなく、直前の文脈から俺の言葉を今回の件の賞賛だと受け取った遊戯さんは雑誌から目を離して顔を上げた。遊戯さんの視界から外れたそれに少し安堵する。
彼の反応がこの通りなのは遊戯さんが俺の好意を受け流しているからじゃない。
オレ自身が不自然にならないように、曖昧にぼかして言っているだけだ。

それで気付かないのも無理はないのだが、少しくらい尊敬や友愛以上のものが伝わってもいいのではないかと遊戯さんの鈍さに焦れる自分が我ながら女々しい。
いや、気付かれないように遊戯さんにささやかな好意を口にし続けていること自体がそうか。
どうかしてる。
この人を長い間追いかけすぎて、どうかしてしまってる。


「できればもっと早く君に伝えたかったんだけど、やっぱりこういう情報は十代君の方が早いんだね」

「プロ大会、今度も優勝は遊戯さんしかありえないって思ってたんですけど、やっぱりすげー気になってたし……オレ、デュエリストの中で一番遊戯さんのこと尊敬してますから」


自然と強くなる語気。遊戯さんは年不相応に恥ずかしそうに笑う。
オレはすぐに謙遜しようとする遊戯さんにまた同じことを繰り返して、胸の小さな鈍痛に見ないふりをした。


この雑誌を手に入れたのはオレじゃない。
遊戯さんがこの部屋に訪れる前日のこと。…この雑誌の取材を受けた片割れの自分は世間の目に触れるより先に手に入れることができたのだと、ここに寄越しにきたときのこと。
きっと本人に他意はないのだとは思う。遊戯さんを強く慕うオレに対して、ひょっとしたら親切心すらあったのかもしれない。

だというのに、見えない何かを感じ取ろうとしてしまうオレ自身が不思議だった
。不思議で、何だか嫌だ。オレがあいつに気付くくらいなのだから、頭のよさそうなあいつも気付いても不思議はない。だとか、雑誌の記事はまるでそいつがこの場に居合わせているような居心地の悪い存在感をちらつかせる。写真の中で合う筈もない目を必死に見ないようにした。


あいつ本人でなければ分からない感情ばかりが気になるなんてオレらしくない。
デュエル以外の小難しい事柄をぐるぐる考えるのだって向いていない筈なのに。
遊戯さんを見る別の奴に気が付いてしまってから、無邪気に遊戯さんを目指して浮かれてたときとは違うのだと思い知らされる。


「もう、そんなに誉めたって何も出ないよ?…そうだ十代君、久しぶりに会えたし時間があるなら食事でも行かない?久々に先輩らしく奢るよ」

「!いえっ、なら遊戯さんの優勝祝いにしましょう!大したことできないかもしれないけど、オレがご馳走します」

「えええ、悪いよ。僕そんなつもりじゃなくて……」

「わかってます。オレが遊戯さんのこと、言葉だけじゃなくて……ちゃんとした形で祝いたいんです!」


でもその前にちょっと待ってください、と呼び止めて出番がまありなく遊戯さん専用になりつつある携帯を拾い上げて過去の履歴を開く。
指先が多少迷いで止まったのには何もないふり。雑誌の礼なんかじゃないけど、自然と呼ぼうと思い立った。あいつだって、遊戯さんと並べるほどの大会の功労者なんだ。
口振りからオレが連絡を取っていた相手に思い至った遊戯さんは顔を綻ばせる。

自惚れじゃなければオレは遊戯さんの近くにいる後輩。そしてあいつも。 用件
を伝えた次に来る返事なんてわかってる。オレもあいつも遊戯さんが好きなんだ。(そう言えばオレよりあいつの方が年下だったっけか。なんとなくおかしい。)


オレ達と遊戯さんの間にある透明な壁を越えられるのは、きっともっと先だけど。

まだ何も知らない遊戯さんの笑顔は無色透明で、胸を通り過ぎる少しの苦みに何故だか笑みがこぼれた。

(いつかその向こうに触れられますか)


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