舞台となる体育館に着くと、既にかぐや姫の衣装を身に纏った遊戯さんが居た。

「かっ、可愛い……」
「アニキ…、キモい」

ずりずりと翔に引きずられながらクラスメイトの先輩方と談笑する彼に見惚れた。

ふと、視界の中のかぐや姫と目が合う。

「あ……」

すると彼はにっこりと、それはもう天使と言っても過言では無いくらいの笑顔を携え手を振ってくれた。余りに突然の事にオレは茫然とした顔で手を引かれながら、空いている片手で振り返した。

舞台の裏方、紙吹雪きを落とすステージの上の足場に乗ってやっと思考が戻る。ドキドキと脈を打ってる心臓の音が脳にも響いていた。

「オレって幸せ者なんだな」
「は?」

だって、憧れの人と面識があって、その上目が合ったら手を振ってくれる。熱を出せば見舞いにも来てくれたし。少なくともその他大勢に属する遊戯さんファンよりは近い位置に居るのではないだろうか。
にやつく口元を横で気色悪がる翔を尻目に、オレは手に触れる鉄製の柵の冷たささえも暖かく感じた。


 やがて舞台は始まった。真っ暗な舞台の上面から下の明るいステージを見つめる──いや、正確には遊戯さんしか殆どみていないのだが──そう言えば、この煌びやかな衣装は全て手作りだと言っていた。高級そうな生地は赤にも、光の加減で赤紫にも見える。

「可愛いなー…かぐや姫」「アニキ! しーっ!」

ぽつりと呟くと、照明兼紙吹雪き係の翔が小声で叫んで来た。
ああ、確かに今静かなシーンだから聞こえちまうかもだな。まずいまずい。

 下では、月への帰還を嘆くかぐや姫が居る。
何人だったか知らないけど、さっきの皇子様の求愛を悉く切り捨てて行く姿は見ていて気持ちが良かった。
同時に、現実世界で彼にあんな風に切り捨てられたらと思うとゾッとする。始めは一目惚れで、だなんて捨てられた皇子達と重なり過ぎて気味が悪い。きっと皇子達からしたら、オレがそう思っているようにかぐや姫には自分だけしか当てはまらないと思っていたんだろう。そしてオレにも、皇子達自身にもかぐや姫だけ。


間もなく、月の使者が迎えに来る。
無駄にしかならない抵抗をするかぐや姫の周りの人間達。気持ち悪い程に心情が人間達に重なる。オレが彼らでも、きっとこうして無駄な抵抗をするだろうから。あー、切ねーな。

そんなことを思いながら当のかぐや姫である彼を見ると憂いに似た淡白な表情をしていた。

「……ん?」

あれ?何かおかしい。さっきまで表情一つ一つでさえ感情が籠もっていた遊戯さんが固まって……

「あ!」
「アニキ?」

思わず声を上げてしまった。
丁度客席からは見えにくい位置にだが、彼の着る衣装の糸が解れ肌が覗いている。

あれは、まずい。
それはもう色んな意味で。

そんな事情に気付いても居ないのか、月の従者……確かバクラ先輩だったっけ?が、どんどん話を進めて良く。

「つー訳だ! 大人しく月に戻ってもらうぜぇ!」

張り上げられた先輩の声が脳内に響く。
本当に困っている遊戯さんの顔が縋るように月の使者に当てられるものの、どうやら察してはくれていないようだ。

「どーすりゃ良いんだ……」

周りを見舞わしても使えそうなものはない。翔は照明をこまめに動かすことで精一杯だし……

「さあ! 来い!」バクラ先輩が手を差出しながら歩み寄る。握っている鉄柵が汗で滑りを帯びていた。早くしないと遊戯さんが観衆の目の前に素肌を晒すことになる。

ああもう、これしかねえ!

オレの脳細胞が導き出した答えに、足元にあった銀紙性の紙吹雪き入れが倒れた。


 * * *


 ビリ、と軽い嫌な音がボクの足元から響いた。周りの人は気付いていないらしい。
下を見ると解れに解れた糸が布に付いているのが見えた。解れた事によって、今の姿勢で居なければ足から腰辺りまで全てが舞台の上に晒されることになるだろう。
考えたらゾッとした。すっごく嫌だ!恥ずかしい!校内記事に武藤遊戯ぱんつ騒動!とか載ったらどうすればいいんだ!
だけど、いくら悩んでも劇が止まる気配は無くて、焦りに表情が固まる。

 いよいよ最後のシーン。目前のバクラくんは手を差出しながら近付いてきた。実際、本当に怖い。本物のかぐや姫だったら逃げ出して居るのではないだろうか、ってくらいに怖い。何がって、形相とか……。

「ホラ、さっさと来な」

差し出されたバクラくんの手。これを取ったら動いて、見える。ああ、でも手を取らなきゃ劇が失敗しちゃう!

「う……」

決めたくもない覚悟を決めて手を差し出した。ああ、さよならボクの青春とぱんつ…!


「待てェ!」

突然、声がした。
上からキラキラ光る何かと共に誰かが降ってきた。猫を思わせる綺麗な着地でその人はボクの前に降り立つ。纏う燕尾服は日本の噺であるかぐや姫にはあまりに不釣り合いで、でもとても華やかに見えた。

「……かぐや姫、お迎えにあがりました」
「え……?」
「なっ?!」

彼は、十代くんは、普段聞いた事が無いような甘く低い声を静まりかえった舞台上に響かせた。誰もが唖然として固まる中、彼だけが生きていて、ふわりとボクの前に跪く。

「貴方は元の都へ帰るべきでも、ここに居るべきでもない」
「えっ、十だ……、あ」

いきなり台詞染みた発言をする彼の名を呼び掛けて、視線で止められる。真っ直ぐな瞳を見つめ返し、戸惑いの中口を閉ざす。
そんなボクを見て、彼は柔らかく笑ってみせた。


「かぐや姫……貴方が帰るべき場所は、オレです」
「……!」


不覚にも、どきっとした。自分が本当にかぐや姫になった訳でも無いのに。きっと十代くんの所為だ。十代くんがこんな表情を見せるから。いつもの元気な姿が嘘のような態度に乗せられて、ボクは静かに頷いた。

「お前ら!何しているんだ!捕えろ!」
「うおあっ!」

浸りきっていた所をもう1人のボクの、アテムの声が空間を裂いた。皆が我に返ったのが分かった。と言うか今バクラくん今蹴られたような……。

「かぐや姫! 掴まってください!」
「へ?…わああ!」

惚けていたら、十代くんに抱き上げられた。丁度、破れた所が彼の体で見えないようにお姫様抱っこで、だが。
周囲は驚きながらもアテムの声に従って、人間、使者関係なく僕らに襲い掛かってくる。

ああ、そうか。
君はいつでも懸命にかぐや姫を救うヒーローなんだね。

「かぐや姫はオレが貰っていくぜ!」

見掛けによらず力持ちな十代君が身軽に彼らをかわす。そのまま走って僕を連れ出した。振り返った先、もう一人のボクの形相がホラー以外の何物でもなくて、思わず二人で笑ってしまった。

体育館内はまさかのサプライズに拍手喝采で、逃げるボクらを見送る。

「かぐや姫! このままオレと逃亡しましょう!」
「うん! 喜んで!」


首に腕を回し、抱き付いて掴まったら、ボクを助けたヒーローは真っ赤になった。


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