「――名前、」
心地よい声がする。よく知った声。姿は見えない。
「おい、起きろ」
「ん、…クロコダイル…?」
うっすらと目を開けると、眉間に皺を寄せて相変わらずの悪人面。なんでこいつに起こされなきゃならないんだ。
「やっと起きたか」
「んー…、」
まだ回転の鈍い頭を持ち上げて、上半身を起こした。
「早く支度しろ。時間がねェ」
「わっ!ちょっ、と!」
ぐい、と手を引かれ、無理矢理ベッドから引きずり出された。部屋着にしている白く大きめのシャツから晒された足が少し寒い。
「今日なんかあった?」
「取引先のパーティーがあるっつったろーが」
「あー!忘れてた…!」
「馬鹿野郎」
すぐに用意するから待ってて、と不機嫌な彼を宥めて洗面所へ。
歯を磨いて、顔を洗う。洗面所横の棚に置いてあったブラシを手に取り、絡まった髪をといた。ノーメイクでなんだか味気ない自分の顔を、鏡を見つめていると、背後に映る大きな体。
「クロコダイル、?」
「これ、俺のシャツだろ」
クロコダイルが私の肩に手を置いた。鏡に映る彼のニヒルな笑みに、髪をといていた手が止まる。
「あんたの、いらなくなったやつだけど」
「あぁ、知ってる」
「…はあ、?」
よく分からない彼の行動に首を傾げた瞬間、背筋をなにかが駆け抜けた。
「…っ!」
「――ソソるぜ、その格好」
「ちょっと、!」
このままではまずいと私の太ももを撫でる手を、制止させる。眉間に深く入った皺は一瞬で、すぐに嫌な笑みを浮かべて私の耳元で囁いた。
「――今日は、泊まってく」
「………どうぞ…」
なんだか恥ずかしくて、顔なんか見れなかった。クハハ、と笑う彼を他所に、私は数時間後に必ずくるであろう情事に、顔を赤らめた。