遠くで、かすかな物音。

「ん、…?」

ぼやけた視界をクリアにするために目を擦って身体を起こした。
自分の部屋とは違う家具の配置や広さのせいで暗闇では安易に歩くことが出来ないため、ベッドの傍にあるライトに手を伸ばし、灯りを付けると、辺りはオレンジに染まり視界もだいぶ分かるようになった。

物音の犯人は多分彼だ。
今日はお互いにオフのはずだった。だけどさぁ夕飯を食べようというときにコール。ヒーローである彼はそれを無視することは出来ないし、私もそのことは十分に理解している。申し訳なさそうに部屋を出ていく彼を見送って、私はそのまま泊まることにしたのだ。

「うぅ…んー」

だめだ、眠くて起き上がれない。ぼふっと枕に頭を預けて私は携帯を開いた。深夜1時過ぎ。時間を確認して携帯をサイドテーブルに置くとほぼ同時に、ドアが開いた。

「――名前、?」
「おかえりなさい、バーナビー」

私が寝ているものだと思っていたのだろうか、バーナビーは少し驚いた様子で私を見たあと、中に入りドアを閉めた。

「起きてたんですか」
「寝てたんだけど、目が覚めて」
「もしかして起こしました?すみません」
「ううん、大丈夫」

バーナビーはベッドに横たわる私の額にキスしてから、ジャケットを脱いだ。
その際にふわりと香る匂い。

「なんか、良い匂いする…」
「ああ、会社でシャワー浴びてきたから多分それですね」

ああ、そういうことか。納得。
それにしても良い匂いだ。シャンプー?ボディソープ?どこのなんだろう。
そう考えを巡らせているうちに、バーナビーはジャケットをハンガーにかけてベッドに腰かけた。

「……寝ないの?疲れてるでしょ?」

よく分からないバーナビーの行動に眉を寄せると、彼はそんな私を気にする様子もなく、フッと笑った。

「ええ、でも―――」

そして、私の身体を挟むようにベッドに手をついて

「お詫び、しないと」
「え、ちょ、!」

深くキスをした。

「ん、っ……、」

おはようのキス、おやすみのキス、そんな軽いキスじゃない。唇を食べられてしまいそうな、そんなキス。2人の舌が絡んで、逃げても捕まえられて、翻弄される。
起きたての私にはあまりにも突然で、刺激的すぎた。

「ちょっ…と、!何考えてんの!」
「何って…貴女のことですけど」
「ばか!疲れてるでしょ?早く寝ないと、」「まぁ、疲れてはいますけど――」

ギシ、とベッドが音を立てたのは、私が動いたからじゃない。

「種族保存本能って分かりますよね?それです」
「は…?」

バーナビーが、私の上に跨がってきたからだ。

ニッコリ爽やかスマイル。タイトルを付けるとすればそんな感じだ。そんな笑みを浮かべて彼は当然のように私を跨ぐ。
種族、保存?

「疲れてるからこそ、今、貴女を抱きたいんですよ」

ああ、もう完全に綺麗な翡翠の目が獣だ。
今夜はきっとろくに眠れずに朝を迎えるのだろう。揺れる金髪を眺めながら、他人事みたいにそう思った。





御題:空想アリア




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