瞼を上げる。
物音1つしない薄暗い部屋。その薄暗さは、今この世界が何時何分なのかという感覚さえ麻痺させた。
ベッドの中に収まる体を捩らせたあと、上体を起こすと、横になっていたことで多少誤魔化せていた倦怠感と頭痛が私を襲う。
風邪、を引いたのは久しぶりだった。しかもがっつりとしたやつ。ピークは昨日で、発熱が39度にも及んだ。ひたすら水分を取ったような気がする。

「あー……」

上体を起こしたのはいいが、そこから何かしらの行動に移すのが億劫で動けない。こういうとき、誰かそばにいて欲しいと、ふと思うと同時に、あのおちゃらけた顔が浮かんだ。
そういえば、連絡も何もしていない。私の勤務先であるアポロンメディア社には休みの連絡を入れたが、彼にはしていなかった。というか、会社に電話したあと力尽きて携帯を見ていないことを思い出し、ベッドサイドに置いてあった携帯を手に取り画面を確認した。

「うわ、」

着信13件。全部、鏑木虎徹。想像はしてたけど、驚く。と同時に申し訳ない気持ちになる。ヒーローであり、シュテルンビルトの人々を守らなければならない彼に余計負担をかけてしまった。最初から風邪でダウンしてると連絡を入れるべきだったかもしれない。

(―――まずったなぁ、)

彼に負担をかけるようなことはしたくない。そう思っていたのに。
ボスン、と脱力した体がベッドへ戻った。ひどくだるい。ああでも、彼に連絡、入れないと。
そう思ったとき、インターホンが鳴った。

(……だれ、)

さすがに居留守を使うわけにもいかず、重い体をずるずると引きずって玄関へと向かった。

「…………はい、」

鍵を解除してドアを開ける。ぐっと首に力を入れて顔をあげると、見慣れた顔があった。

「名前…!」
「こて、つ」

ああ、来てくれたんだ。
ひとりの寂しさから解放されてホッとした。虎徹は私のぼろぼろな姿に驚いたようで目を大きく見開いて、フラフラな私の体を支えながら玄関に入り、ドアを閉めた。

「連絡ねえし、会社は休んでるし、どうしたのかと思ったら…大丈夫か?」
「ん、ごめん…熱はだいぶマシになったんだけど…」
「とりあえずベッド行くぞ。抱えようか?」
「や、大丈夫。歩ける」

よろよろとベッドへ向かう私の傍らで虎徹は心配そうな眼差しを向けていた。私の肩と腕を支える虎徹の手がひんやりとしていて気持ち良いくらいには、私はまだ熱があるらしい。

「ごめんな、来るの遅くなって」
「ううん、連絡してなかったし。仕事も忙しいでしょ?」

申し訳なさそうに眉を下げる虎徹に、こっちが申し訳なくなる。

「熱は?」
「ん、今日はまだ測ってない…」

便りがいのある虎徹の腕に背中を支えられながら、ゆっくりとベッドに横たわる。虎徹はあたりを見渡して、視界に入ったサイドテーブルの上にある体温計を手に取った。

「はい、お熱測りますねー」

腕上げてーとまるで子供に接するかのような口調に、思わずふふ、と笑った。

「…なんか、子供になった気分」
「んー?お前が子供になったらあんなことやこんなことが出来なくなるから困るなー」
「ばか」

虎徹は、最初は心配そうだったものの、いつの間にかいつもの調子で笑って。それが私を安心へと導いた。
ピピピ…と体温計から音が鳴り、虎徹は私の脇から体温計を抜き取った。

「37.9℃か…まだあるな」
「虎徹、仕事は?」
「今日も明日もオフ。バニーに全部任せてきた」

だからずっと、お前を看てられる。

私の髪を撫でながら虎徹は言った。初めて知ったかもしれない。いつもふざけてて年相応の落ち着きなどどこにも無い彼が、こういう時にすごく頼りになるということ。
きっと、こんなにも私を安心させてくれるのは虎徹だけだ。

「…ごめんね、私のために」
「気にすんな。それに名前、お前は俺に頼らなさすぎだ。もっと頼って、我が儘も言えよ?俺はヒーローである以前に、お前の男なんだから」

私の髪を撫でていた手は私の額にかかる髪を払うと、そこに彼の唇が落ちた。ちゅ、と音をたてて離れたそれ。

「わ、」
「今はこっちで我慢な」
「我慢って…」

私がキスしたいみたいな言い方。む、と睨むと虎徹は笑った。

「うそうそ。睨むなよー。俺が早くキスしてえから、よく寝て早く治せ」
「うん、」

目を瞑る。先程感じた寂しさはもうない。大好きな人に見守られたまま、私はまた眠った。



title:空想アリア



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -