「神への祈りは済んだか?」
「A…Aspetta!(待ってくれ!)」
「…もう、うるせえから眠れ」
下した裁きに、同情も憐れみも必要ない。罪人は己が犯した罪の分償うべきなのだ。ただ、それが“死”であっただけであり、俺はそれを執行しただけ。
「恨むなら自分の無能さを恨むんだな」
自分のスーツに一滴だけ飛んだ血に眉をしかめた。
「…Cavolo」
「蓮」
「…海」
海の声に振り返ると、くすくすと笑うスーツ姿の少年。
青年、とまでいかない幼げな容姿とは正反対の物騒な黒いものが手元できらりと光る。
「わ、汚れちゃったね」
「最悪だ。…お前も一緒に帰んのか」
「んー?ちょっと待ってね」
海のふわりとした笑みと共に響く断罪の音。
「…雑魚だったから無視してたけど、お前のだったのかよ」
「さっきファミリー1個潰したから、そこの残党じゃないかなあ。蓮、お腹へったから帰ろー」
どこまでもマイペースなくせに、瞳の奥の鋭さは消えることがない。それに苦笑を洩らした。
「蓮ーっ!なあに、怪我したのっ!?」
「……ボス、相手の血だ」
「きゃー!!大変!!東吾っ、救急箱!!」
「人の話を聞きやがれ」
目の前であたふたしている女性が実質俺たちのボスであり、…俺の母親だ。
「ボスー?ちゃんとミッションコンプリートしたよ!!」
「おつかれさまね、海!!」
誰が見ても、温厚な一般的な女性なのにその手にはイタリアのありとあらゆる権力の手綱を握っている。裏切りも対立も決して許さない。
「蓮、コーヒーだ」
「…Grazie」
眼鏡の奥の瞳がさっ、と胸元にしまってあるコイビトへ移った。
「…撃ちにくくないか」
「特には」
「いつもとは少し違う銃声だったがな」
「…聞いてたのか」
俺の問いに東吾はくすりと微笑を溢しただけだった。
情報や武器の製造などを受け持っている東吾の耳に入らない情報も銃声もないのだ。
「シャワー浴びて寝る。明日は、港の密売人の馬鹿達に用があるからな」
「ベアトリーチェには会いにいかなくていいの?」
「……うっせ」
嫌な笑みを浮かべる海を軽く睨みボスの書斎をでた。
「…蓮のベアトリーチェ……光嬢か」
「さっすが、我等がブレーン。情報早いね」
にっこりと東吾に笑いかけると東吾も口角をあげた。
「貿易で一番利益を上げて、いま一番勢いのある一家の御令嬢。しかも、ご主人の御墨付きときた。あそこと関係がより深くなるのを好んでるジジ様方が多いからな」
「…ほんと掻き回さないでほしいな、あのおじいさんたちには」
冷たい空気が流れ、近くにいた部下たちがひっと声をあげた。
「カ…カポ・レジーム!!ボスが報告書を…と言っておられました…!!」
「あ、うん、わかったあ!!東吾、またねー!!」
冷たい空気は払拭され、部下たちもようやく息ができるようになっているのを見て苦笑する。
顧問のフィオーレじい様の顔が頭に浮かび、やれやれと頭を振った。
「……蓮」
「!?おま…っ、なにしてんだよ!!」
自室に帰ると何故かソファに先程話題になった少女が座っていた。
「玲花様が入れてくれたの!!でも、もう少ししたらお迎えが来ちゃうから帰らなきゃ」
「…マフィアの巣窟にのこのこ年頃の女が来てんじゃねえよ」
呆れたようにそう言えば光はガキのように頬を膨らませた。
「蓮にちょっとだけでも会いたかったの…」
「…fanculo」
手を広げてやると素直に顔を寄せてくる。
少しだけ、時間が止まれば良いだなんて思ったのは、きっと気のせいだ。
鋭い銃声が港に鳴り響く。
「急所は外した。木箱に入れて、夜に沈めろ」
「密売人は姑息だからねー、逃げちゃうから」
一仕事を終え、近くのコンテナに寄り掛かる。
……なんだ、この胸騒ぎは。
「ボス!!」
俺直属の部下が血相を変えて走ってきた。
「ブレア、落ち着け。どうした…?」
「しゅ…襲撃です!!」
「襲撃ってどこに?アジトに?」
海も眉を寄せて、促す。
その時、無線機にジジッとノイズがはいった。
『…蓮』
「東吾か、どうした。襲撃ってどこにだよ」
こうゆうときの嫌な予感は絶対に当たるんだ。
『…光嬢の屋敷だ』
「蓮っ!!」 「ボス!!」
血液が逆流したかのように、身体が熱くなる。
『…落ち着いて聞けよ。お前らが始末した密売人の裏で手を引いていたファミリーが商売ライバルの光嬢の家に前から目をつけていた』
「……」
『密売人が蓮たちに殺られた今、ファミリー崩壊する前に商売敵を潰そうっていう魂胆だ』
今なら。
「屋敷の状況は」
誰でも殺せそうだ。
『……夫妻の死亡は確認済みだ』
足元で踞っていた密売人たちに銃口を向ける。
「蓮!!」
すでにどす黒い血で覆われた肉塊と化したものを蹴り飛ばす。
「海、1人で行かせろ」
「……っ、ok…手出しはしないよ!!でも…っ、オメルタに誓って。光嬢を助け、必ず戻ってくると」
「vaffanculo!当たり前だ、死なせも死にもしない」
誰のもんに手出したか、死んで悔やむんだな。
(オメルタに例外はない)