ボクラハオナジホシノモト。(2)
ズリズリと身体を起こし、樹に凭れる。ヒバリの一撃は重く、戦い慣れていない身には辛い。それでも意識を失わずこうして身体を起こせるのは、手加減されていたからだろう。額から頬に伝う血を手で拭い、少女は顔を上げた。
その光景を一言で言い表すなら、『信じられない』だ。
彼が継承者たり得るのは理解していたが、まさかあそこまで力を操れるとは思わなかった。そして、それを掴ってあのヒバリ相手に辛うじて互角に持って行っているという事実。
「これなら……もしかして」
少女の胸に、一つの感情が生まれる。
彼ならば、あの少年ならば。
自分を縛る星の導きを、打ち壊してくれるかもしれない。

青いガントレットと銀のトンファーがぶつかる度、オレンジの火花が散る。何度目か分からない鍔迫り合いとなり、ヒバリはニヤリと口元を歪めた。
「その武器を出したことは素直に感心しよう。だが、それだけだ」
「!」
チャリ、と音がした。ガントレットと押し合うトンファーの端から、鎖のようなものが垂れている。
(仕込み分銅――!)
距離をとろうとするが少し遅く、少年の左拳に鎖が巻き付く。そのまま、少年の身体は投げ飛ばされた。
何という力だ、腕の一振りで小柄とはいえ少年の身体を地面に叩きつけるなんて。
「……頭から落ちたかな」
脳震盪を起こして動けないか、むち打ちにでもなってしまったかもしれない。反応のない相手から鎖を回収し、ヒバリは小さく欠伸を溢した。
「!」
しかし気配を感じてピクリと動きを止める。
微かに砂煙の立つ場所から、ゴォとオレンジの炎が立ち上がったのだ。
「……成程、こう使うのか」
脳震盪やむち打ちの様子を見せず、少年はスッと立ち上がる。その両拳は、額と同じ色の炎を纏っていた。
推進力のあるオレンジ色の炎。それを地面へ向けて放射することで、衝撃を和らげたのか。
ヒバリがそう推察する間に、少年の顔が正面に迫っていた。ガントレットの手首側から、オレンジの炎が噴き出している。
やはりこの炎の推進力は厄介だ。ヒヤリとした焦りは、ヒバリの口元へ笑みを浮かばせる。迫るガントレットをトンファーで難なく受け止めたヒバリは、相手の推進力に負けぬよう、肩幅に開いた足を踏ん張った。
「この程度の不意打ち――っ!」
意味がない、と続けようとしたヒバリの言葉は途切れた。
顎を砕こうとする膝が、視界の端を掠めたからだ。こちらが本命か、とヒバリは咄嗟にもう片方のトンファーで膝を抑え込む。
(――違う)
こちらも、囮だ。
野生の勘が、それを悟らせる。しかし未だ発達途中の勘も反射神経も、ヒバリの理想にはほど遠い。ヒバリは僅かに身を捩ろうとするも間に合わず、右頬に強烈な一撃を叩きこまれた。

少女は、やはり自分の目が信じられなかった。
嘗て、敵対マフィア五百人を一人で一掃したと語り継がれる歴代最強、初代風紀財団総帥。彼の再来と言われ将来を期待されるのが、少女たちを襲ってきたあのヒバリだ。それを、気弱そうな少年が殴り飛ばした。その光景を見た少女の胸に沸き上がったのは、紛れもない高揚感だ。
(やはり、彼は……)
ヒバリの身体が宙を舞い、やがて地面へ叩きつけられる。その様子を茫然と見ていた少女は、不意に腕を引かれた。
顔を上げると、痛みで涙目になる少年と視線がぶつかる。額の炎は消えており、顔つきからも先ほどまでの精悍さは失せていた。
「い、今のうちに逃げよう」
少女は、コクリと頷くしかなかった。
二人がその場を去って少しして、地面に寝そべったまま夜空を見上げていたヒバリはムクリと身体を起こした。ムッスリとへの字に曲げた口元へ、タラリと落ちる血。ぐし、と乱暴に手で鼻を拭うと、細い線が頬の方へ伸びた。
「面白い」
既に見えなくなった少年少女の背中を視線で追い、ペロリと舌なめずり。ヒバリはジンジンと熱を持つ頬を指でそっと撫でた。

暫く暗い公園の中を走っていた少年は、唐突に立ち止まった。彼に腕を引かれていた少女は、たたらを踏んで何とか衝突を避ける。ガックリ項垂れるような姿勢で大きく息を吐いた少年は、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしった。
「ああ〜!! どうしよう、なんか怖そうな人を殴っちゃったよ!」
もんどりうたんばかりに頭を振る少年は、とても先ほど勇敢に立ち振る舞った少年と同一人物とは思えない。
「……まあ、かの大空の再来と謳われた男も……」
ポツリと少女が呟いたが、少年の耳がそれを拾った様子はない。
ひとしきり彼が唸るのを見守り、少女は口元を和らげた。
「ありがとうございます」
「え、いや……」
少女の礼を受け、少年は照れたように頬を掻く。その手にしっかりリングがハマったままのことを確認し、少女はその手をギュッと握りしめた。近づいた距離と温もりに、少年は思わずとぎまぎする。
「そのリングは、確かにあなたを混乱と騒乱へ引き込むでしょう。しかし、それは紛れもなくあなたのもの。先ほどの力がその証左。やはり私は間違っていなかったのです!」
喜色満面の少女の様子に、少年は言葉を失った。
痛いのも怖いのも嫌いな少年としては、今すぐでもこの手を振り払ってリングを彼女へ返すべきだ。しかしこんな風に縋られて嬉しそうにされては、断りにくい。頼られるとNOと言えないのは、もはや血に刻まれた性質だった。
「えっと、その……チェルベッロさん……?」
「ええ、私は確かにチェルベッロ。しかしそれは一族の名。私のことは好きに呼んでください」
きっとそれもまた、星の導きを打ち壊す一つとなる。
少女の言葉はやっぱり、少年には理解できないことが多かった。それでも、この手の温もりと笑みが胸をトクンと打つので、「いっか」と楽天的な感情が湧いて出てしまうのだ。彼の一族はどこまでもお人よしなのである。
「じゃあ、俺はケイって呼んでよ」
「ケイ?」
「ケイキ……ケイキ・スワードって言うんだ、俺の名前」
少年はへにゃりとした笑みを浮かべる。その笑顔はやっぱり先ほどまでの頼もしさはない。それでも、星の光しか頼れるもののなかった少女には、心安らげる大空のように見えた。

◇◆◇

「そう……あなたをやり過ごすとは、中々強い相手なんですね」
思わず素直にそんな感想を告げると、通話相手は機嫌を損ねたようだった。無言ながら、気配で分かる。失言したなと自覚しても、今更言葉は引っ込められない。
『……こちらとしても想定外だよ。まさか、あの力を使うなんてね』
その点においては、この依頼を引き受けた得と考えてよいだろ。戦闘時の高揚感を思い出したのか、声色に上機嫌が戻る
『あの生き物、僕の獲物だからね』
余計な邪魔を入れないように、とこの通話の一番の目的である釘差しをして、相手はさっさと通信を切ってしまった。
「アイツはまた……!」
それを隣で聞いていた少年が、無礼な態度だといきり立つ。それを宥めながら、黒い画面になった通信機器を机に置く。柔らかい背もたれに身体を預け、長く息を吐く。やがて思考をまとめた彼が立ち上がると、それを待っていた少年が声をかけた。
「いかがいたしましょう」
「取敢えず、彼らはあの人に任せようかな。折角やる気になってくれてるし」
相手の嗅覚と戦闘力は、こちらも十分期待している。不易になるようなことには、ならないだろう。
「では、我々は……」
「取敢えず、様子見かな。特に悪い予感はないから、大丈夫だと思う」
こめかみをトントンと指で叩き、ニコリと笑う。その様子にホッとしたように肩から力を抜き、少年は深々と頭を下げた。
「仰せの通りに」
大きな窓の向こうには、青い空が広がる。それを背負い、薄い栗色のフワフワとした髪を揺らした少年は苦笑した。
「――次期ボンゴレ十五代目、慶喜さま」

◇◆◇

「ボンゴレリングは、他のトゥリニセッテと異なります」
既に役目を終えた『石』を胸元で揺らしながら、その少女は語る。
「装着者の炎(命)を常に必要とし、枯れれば新たなる人柱を必要とするアルコバレーノのおしゃぶり。世界の横軸に広がるため、適合者が現れることも稀なマーレリング」
点と、横と、縦。嘗て彼女は、三つの柱をそれぞれそう喩えた。
「ボンゴレリングは縦の時間軸に存在する、トゥリニセッテの中で一番普遍的で恒常的なものです。それ故、アルコバレーノやマーレとはまた違う枷があります」
「それが、血」
コクリ、と少女は頷いた。
「ボンゴレ初代、ジョットこそ、ボンゴレリングの最初の適合者です。白蘭が、マーレリングのそれであったように。しかし、トゥリニセッテの適合者はそう易々と見つかるものではありません。それでも、アルコバレーノやマーレと違い、ボンゴレリングは常に存在し、それを受け取る者が必要でしたから」
「適合者である初代の血筋なら、僅かでも適合者の素質があった、と」
「ボンゴレ初代のように完全なる適合者は、恐らく今までのボスにはいなかったと思います。それでも、初代の血が、ボンゴレリングを受け取る理由に成り得たのです」
「だからボンゴレの血統じゃないザンザスは、ボンゴレリングから拒絶されたんだね……」
ため息を吐いて背もたれに体重をかける。肩の力を少し抜いたところで、少女が変わらずじっと見つめていることに気づいた。
「あなたも適合者です。ボンゴレ初代、ジョット以来の、ボンゴレリングの適合者。あなたから続く血族は、ボンゴレ九代目(ノーノ)たちから続く者たちより、強くボンゴレリングの宿命に引き寄せられることでしょう」
アルコバレーノのおしゃぶりとは、違う道順で生まれたボンゴレリングの意義。それは、最後の始祖である男の意図するものではなく、彼の預かりではない。新しい方法で贄を失くしたアルコバレーノと、封印することも可能なマーレとは違う、ボンゴレの宿命はそう簡単に解けるものではなかった。
「結局、俺も次代に託すしかないのか……」
全てを終えるつもりでいた。アルコバレーノもマーレもできたから、このボンゴレリングも同じようにできると、思っていた。それは驕りだ、と一笑に付したのは黒衣の家庭教師を始めとした仲間たちだった。
「あなたはあなたの手の届く限り、救い、動かし、変えてきました。未来とは、私たちの手の届かないものでもあります。新しい未来のことは、新しい世代に任せることが最適なのでは?」
「……そうだね。俺は神さまでも、全能でもない。ただ、近くにいた友だちを、仲間を……みんなを守りたかっただけだ」
ふと指にはまった指輪を見やり、思いついたことを少女に訊ねた。
「俺もこのリングの適合者だというのなら、初代のように意思を託せるのかな」
「できる、と思います。初代以外の歴代ボスは継承のときのみでしたが、初代があのように動けたのは、適合者であったからです」
「そっか」
「でも、どんなことを託すのですか?」
少女の問に、ニコリと微笑を浮かべた。その姿はまさに、大空と呼ぶにふさわしい。


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