I’m home
風が、吹いている。柔らかなそれは、深い緑を撫で、そっと青い空へと溶けていった。
前後逆にかぶった帽子を揺らした風の行方を辿るように顔を上げ、足を止める。ついそうしていたら、二歩分後ろを歩いていたグリーンが、レッドより前へ踏み出していた。
「レッド?」
「ちょっと、急に立ち止まらないでよね」
最後尾を歩いていたブルーが、レッドの背中へ肩をぶつける。
「わ、ごめん」
「上の空ってやつ?」
浮かれすぎやしないかと微笑んで、ブルーはレッドの鼻先へズイと顔を近づけた。ぎょっとして身を引くと、クスクス笑ってブルーはステップでも踏むように身を翻す。
「リーグ優勝者がそんな調子じゃ、しょうがないわね」
トンタンと飛び跳ねてグリーンよりも前へ躍り出たブルーは、くるりと振り返った。その胸へ大切そうに抱かれた図鑑を見てレッドは小さく笑った。「どっちが」
小さな呟きを聞かないふりして、ブルーは小さく首を傾げた。
「これからどうするの? レッド」
レッドは向かい風で飛びそうになった帽子を手で抑えて、少し空を見やる。
「リーグ優勝者には、多くのトレーナーから挑戦状が来る筈だ」
「そうだな。そいつらの挑戦を受けて、もっとポケモンバトルの腕をみがくか」
「あら、向上心が高いのね」
「一応、まだ目標があるからね」
いや、約束と言った方が良いか。グリーンもブルーも、詳しい内容を聞くこともなく「ふーん」と頷いた。
「グリーンは?」
「俺も同じようなものだな。準優勝者として挑戦を受けながら、レッド、貴様にリベンジする」
鋭い瞳をレッドへ向け、グリーンは口端を持ち上げる。レッドもニヤリと笑って「できるもんなら」と軽口を叩いた。
「全く、結局そこなのね、二人は」
「そういうブルーはどうなんだよ」
「私も、まだまだやるべきことがあるわ」
やりたいこと――やらなければならないことは、山積みだ。その一つとして、探してくれているかもしれない家族へ向けた存在の発信は、今回のリーグですることができた。
何より、マサラタウンのブルーとして戦い、認められた。それが一番の成果だ。
両の掌に乗った真っ赤な図鑑を空へ翳し、ブルーは頬を緩めた。
レッドとグリーンは、顔を見合わせた。
二人がそんな風に微笑み合っているうちに、ブルーは図鑑を胸に抱き直すと急に駆け出した。
「ついでに、マサラタウンの一番のりはもらっちゃおうかしら」
「あー、待てよ! 凱旋は俺がメインだろ!」
何せ優勝したのはレッドなのだ。ブルーは少し足を止めて、「それはそれよ」と小さく舌を出した。レッドと共に足を止めていたグリーンはフムと顎を撫で「一理ある」と呟いた。
「グリーン?」
「お前は優勝者らしく、悠々と歩いてくれば良いだろ」
言うが早いか、グリーンは腕を振って大きく足を踏み出す。そのままアッと言う間に森の向こうへ消えてしまいそうな二人に慌てて、レッドも駆け出した。
「待てよ!」
二人も本気で駆け出してはいなかったのだろう、レッドはすぐに追いついて、文句を言う余裕さえあった。
「マサラタウンは逃げないわよ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」
「レッド、口が回るようになったじゃないか」
「誰かさんたちのお陰でな」
激しいポケモンバトルを交えた後だ。技に巻き込まれ、傷だって負っている。しかし疲労や痛みの様子など見せず、三人の足取りは軽やかだ。
入口に広がった深い緑と、天を覆う澄んだ青。白い光を受けて輝く赤い図鑑を手にした三人の姿を、淡い桃色の影が見つめていた。
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