◆特異点F
マシュ・キリエライトは燃え盛る街の中で目を覚ました。自身の身体は紺色の防具で包まれており、傍らには十字を模した楯があったが、その理由は先ほどレイシフト中に聞こえてきた声で理解できた。その際、真名を聞くことができず、自身に宿った英霊や宝具の性質を知ることはできていないが、それはおいおい何とかすればよい。目下、問題が一つあるとすれば――
「先輩、なのでしょうか」
「フォウ!」
フォウが元気よく声を上げたことから、それは間違いないのだろう。
しかし、何故――朝焼け色の髪、くびれのある肢体、ふんわりとした膨らみ――カルデア制服を着た少女が、マシュの手を握りしめているのだ。
「ん……」
小さく呻き、少女はゆっくりと目を開く。漏れ出た声も、先ほどまで聞いていた藤丸のものではない。開いた瞳も、空のように澄んだ青ではなく金星のように輝いていた。
「せ、先輩、ですか?」
「ん……んー、とちょっと待ってね」
少し眠そうに目をこすり、欠伸を溢し、少女はチャリチャリとチョーカーの飾りを弄る。そういえば、藤丸も似たしぐさを繰り返していた。
少女の待機命令に従い、マシュが大人しくしていると、突然カルデアとの通信が復活した。
「ああ、やっと繋がった!」
少し遅れて映像も届く。煤だらけの頬を擦り、ロマンは無事かと訊ねてくる。マシュはキリと表情筋を正し、ロマンへ返答した。
「こちらマシュ・キリエライト。現在、特異点Fにシフト完了しました。同伴者は一名。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好です」
「そうか、同伴者ってやっぱり」
「……藤丸先輩、だと、思われます」
「思われます?」
どういうことだとロマンは首を傾げる。マシュとてそれは同意だが、デミ・サーヴァントとなった自身の直観、意識が、隣で目覚めた少女をマスターだと認め、同時にレイシフトする直前まで一緒にいた少年であると告げていた。
マシュは少女を手の平で指し示し、モニターの向こうのロマンにも見えるよう身体を動かした。
「……え、誰?」
正直、ロマンはいきなり姿形が変わったマシュを問いただすつもりがあったのだが、それは更に上回る疑問に塗りつぶされた。
さて、何かひと段落したらしい少女は、モニターのロマンに気づき、ニコリと笑った。
「初めまして。藤丸立香です。立香、りつと呼んで下さい」
一拍。
「え、……ええええ!?」
マシュとロマンは声を揃えて声を上げた。

藤丸立香という人間について、説明する。彼、もしくは彼女は、生まれた当時はどちらか一方であった。一方であると思っていた。
彼――藤丸がそのことに気づいたのは、もうすぐ六歳になろうとする頃であった。日が落ちるとストンと眠ってしまう体質にあった彼は、星空というものを一目見たいと思い、毛布に包まって子ども部屋の窓の前に陣を取っていた。しかしその日も星空を見ることは叶わず、それどころか日没後の数刻の夜空すら見ずに眠りへと落ちた。
翌日、夜明けの光を浴びながら、藤丸は心から落胆した。それからふと、足元に目をやると、眠る前は置いていなかったスケッチブックとクレヨンが転がっていた。スケッチブックの一枚には、青と紫をベースに、黄色の五角形が幾つも描かれていた。それは、絵本でよく見る夜空の絵だった。
間違っても、藤丸が描いたものではない。では、誰が。その疑問は、夜空の絵の隅に小さく書いてあった文字が教えてくれた。
「『つぎは、たいようを、かいて』……」
それが、初めての立香とのコンタクトだった。
それから数日かけて、太陽が出ている間は男性体、太陽が沈んでいる間は女性体となって存在していることを理解した。
二人とも『藤丸立香』という存在であったが、便宜上、男性体を藤丸、女性体を立香と呼び分けて区別するようになったのは、七歳になってからだ。交換日記の要領で昼と夜の情報を教え合っていたが、書く作業が追いつかない場合に備えて小型の録音機を持つようになったのは、十歳になった頃。チョーカーについた飾りがそれで、目が覚めたときにそれを再生し、その後行動するときは録音モードにしておくのが日課だ。
「君の家は魔術師ではないと聞いたけれど……」
「だと思いますよ。カルデアに来たのも、本当にスカウトされたからで、それまで魔術の魔の字も知らなかったんですから」
町を探索しながら、立香の説明を聞いたロマンは頭を抑えて唸った。彼女たちの背後で、所長が「そんな馬鹿なことあってたまるものですか!!」とか叫んでいるが、ロマンはそれに構ってやれる余裕はないし、立香もマシュもサラリと受け流していた。
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