風といっしょに(後)
爆風で目を眇たクリスは、しかしそれが収まっても無傷でそこに立つ姿に目を見張った。煙が晴れない内に、化物は隙間から見つけたバクたろうとカクレオンを、その巨大な手で払い除ける。二匹の体はクルクル回転しながら飛び、少し離れた地面へ叩きつけられる。
「バクたろう!」
「カクレオン!」
ゴールドとミツルは慌てて自分のパートナーの元へ駆け寄った。不意に嫌な感じの風が吹き抜け、ハッと顔を上げるとその風に巻かれながら消えようとする化物の姿が目に映る。
「イーブイ。僕は待ってる……あの町で会おう」
「……」
こちらをじっと見つめる瞳に感情は伺い知れない。だが、きっと理解してくれた筈だ。化物が消え微かに残る風を掌で掬いながら、ミツルはそう信じていた。



「あ、戻った」
それまで体や心にかかっていた負荷の所為か、頭にわんわんと響くような声しか聞こえなかったし、出せなかった。やっといつも通りに喋れるのだと理解したと同時に、赤をばかりの世界がまたぐちゃぐちゃの空間へと戻る。かと思えば、今度は一変してしっかりとした世界を作り出した。どこかの町が見える小高い丘の上。先程よりも更に幼くなった三人は、その様子を呆然と見つめていた。幼児化したと言ってもそれは体だけで精神年齢は変わらないから、呑気に駆け回りたいなどとは思わない。尤も、膝を擽るふわふわの草やぽかぽか暖かい日差しは、幼児でなくとも魅力的に見えてしまいがちではあるが。
「あれ……マサラタウンか……?」
一人立ち上がって町を見下ろしていたグリーンが小さく呟く。え、と二人は声を上げて、いつもと違う短い手足に苦戦しながら彼の隣に並んだ。見覚えのある建物ばかりのそこは、確かに彼らの生まれ故郷マサラのようだった。だが新しい記憶の中のそれとは微妙に違う気がする。そう、まるで昔の、彼らが幼い頃の、マサラタウン。
「……もしかしてここは――誰かの心の中なのか……?」
確証はない。ただそれこそ幼児の思い付きのように呟いた。さぁ…と、草の匂い、太陽の匂い―――初夏の匂いを含んだ風が、三人の背後から吹き抜け、草原を小波立たせてゆく。
「あ」
それに煽られ、曇りなき青空に浮かぶ赤い帽子を、彼らは手を伸ばすこともせずにただ仰いだ。



「ミツル……思い出した!」
ゴールド達は彼と共にマサラタウンへ向かっていた。その最中、サマヨールに乗り、飛ぶと言うより浮遊していたラルドが突然声を上げる。ミツルはゴールドとトゲたろうに乗っていた為、当然その声はゴールドの鼓膜にも強い衝撃を与え彼を不機嫌にさせた。そんなことを気にせず、疑問が解けてすっきりしたのか笑顔でラルドはミツルの顔を覗きこむ。
「ミツル。ルビーの友達だろ?」
それと、とラルドは腰を探り、モンスターボールを差し出す。そこにはジュカインが入っており、ミツルの姿を視認すると嬉しそうに顔を綻ばせた。
「こいつを進化させてくれた奴」
ラルドと出会う前には既に最終形態だったから、実質の育ての親だ。ミツルも思い出したのか、頬を緩めボール越しにジュカインを撫でた。
「じゃあ、あなたも図鑑所有者なの?」
イエローという前例があるから、滅多にない話じゃない。しかしクリスの予想に反してミツルは不思議そうに首を傾げた。
「図鑑? なんですか、それ」
思わずクリスは口ごもる。ラルドは仕方ないだろうな、と独りごちてこっそり図鑑を撫で上げた。天変地異で流れついただけの図鑑とキモリを拾っただけのミツル。その時既に図鑑にはラルドのデータがインプットされていたから、万が一にでも彼が所有者になることなどなかったのだ。『選ばれなかった』少年。後から聞いた話では、彼もホウエン救済に一役買っていたらしいのに。
「んなこたー、どーでもいい」
気まずい空気を変える為、なんて意図はないのだろう。ゴールドはじろ、とミツルを見やった。
「お前、あの化物を『イーブイ』って呼んでたな……なんで分かった? お前とあの『イーブイ』……なんの関係があんだよ」
「……」
「お前にとって、あの『イーブイ』は『何』なんだ」
「……」
ミツルはちら、とジュカインそしてカクレオンを一瞥した。二匹共、心配そうに彼を見つめている。俯いて息を溢す。なぜかあの頃の映像が頭の中でくるくると回りだした。
「……イーブイは、僕が初めて手にしたポケモンなんだ」
三人の顔は見なかったが、息を飲む音が聞こえたから、驚いてはいるのだろう。絡めた自分の指先を見つめたまま、ミツルは口を開いた。
生まれつき体の弱かったミツルは、療養に最適な場所を求めて何度か引越しを繰り返していた。結局は自然豊かなホウエンに落ち着くのだが、それまではカントーのマサラタウンに住んでいた。イーブイは、外で中中遊ぶことの出来ない彼へ両親が贈った『友達』だった。タマゴを貰い、それが孵ったのは、マサラに向かう道中でのこと。それからというもの、ミツルとイーブイは両親の願い通り親友同士になり、どこへ行くにも一緒だった。
「けど十年前のあの日……旅行でジョウトを訪れた時、ウバメの森で迷子になって……イーブイとは、はぐれてしまったんだ」
「十年前……」
単純計算でいくと、シルバー達が仮面の男の元を脱走するかしないかの時期。彼によると、その頃時を捕らえるボールの存在を知らなかったヤナギは、月の満ち欠けに応じて祠に舞い降りるセレビィを捕獲しようと、躍起になっていたらしい。もしその時、セレビィ降臨によって時空の歪みが生じ、その近くにミツルのイーブイがいたとしたら。
「……イーブイはただでさえ遺伝子構造が脆い。そんな状態で、虹色の羽根と銀色の羽根も持たず時空間に飛ばされたら……」
「……出来るわな、あんな化物……」
苦々しげに呟いて、ゴールドは拳を握りしめた。
「……つまりアイツはお前の『友達』なのか……?」
「……」
「……俺達は、お前の『友達』と戦うのかよ……!」
もし自分が今ボールの中にいるパートナーと戦うことになったら。誰に対してか悪態をついて、ゴールドは膝に拳を打ち付けた。



一方その頃マサラタウンでは、到着したばかりのイエローとシルバーの二人が町の入口に立って町の様子を見渡していた。洗濯物を干す母親や駆け回る子供達。異変は感じられない、至って普通の、平和そのもののような町だ。
「ゴールドさん達遅いですね…」
なんの連絡もない三人に、シルバーでさえ呆れ溜息を吐く。ふと、周囲の空気が変わった。ハッとして二人は立ち上がり辺りを警戒して見渡す。すると、虹色だか灰色だか区別出来ない濁った色が空を覆い、町を不穏な影に包んだ。ざり、と地面を踏んで二人の前に巨大な影が立つ。一度見た化物の姿と対面し、まさか正直に現れると思っていなかった二人は思わず後ずさった。
「!」
「図鑑が…」
聞きなれた、しかしいつものそれと微妙に違う音が二人の図鑑から漏れ始める。見ればランプも不自然な点滅を繰り返しており、目の前の光景の異常さを物語っていた。
「……何をそんなに探しているんですか……」
頭に流れこんでくる想いに、イエローはくしゃりと顔を歪める。すると突然強い風が巻き起こり、シルバーとイエローの二人は吹き飛ばされた。踏み固められただけで舗装されていない道を二三転する。反動で麦わら帽子がイエローの頭から離れていった。
「……っ……」
強かに打ち付けた背中の痛みに顔を歪めながらシルバーが体を起こすと、既に化物の姿は消えていた。麦わら帽子を拾おうとしたイエローはふと違和感を感じ、はたとその手を止めた。
「人が……いない……」
駆け回る子供達も、洗濯物を干す母親も。つい先程までそこに存在していた姿が消えている。シルバーは慌てて手近な家の扉を開け、失礼だと思いつつも中に入った。昼時だからだろうか、台所からは鍋の揺れる音がする。テレビもついたままで、生活感溢れる部屋だ。しかしそこには生活する人間の姿だけが欠けていた。
「消えた……」
不穏な風がシルバーの髪を揺らし、外へ出ていった。



「マサラの人間が……消えた」
シルバーからのメールをそのまま読んだクリスの言葉に、ゴールド達は目を見開いた。どうして。ミツルがか細く呟く。どうしてそんなことをするんだ、イーブイ。固く目を閉じて項垂れるミツルを一瞥し、ラルドは言い難そうに口を開いた。
「多分イーブイはミツルをマサラの人間だと思ってるんじゃないか?」
ハッとしたようにミツルが顔を上げる。訝しそうにゴールドがその意味を訊ねると、言葉にしにくいのかラルドは少々口ごもった。
「イーブイはマサラへ向かう道中で生まれ、ウバメではぐれた……つまりその二つの町しか知らない」
「そうか。ミツル君がホウエンにいることも知らないのね」
クリスの言葉にラルドは頷く。恐らくウバメの祠に飲まれ異形と化したイーブイは、嘗てのパートナーであるミツルを探している。しかし解っているのはマサラという町に住んでいるということだけ。だから手当たり次第にマサラタウン出身の人間を拐っている。
(けどなんだろう……この嫌な予感は……)
人を拐ってその先は。胸中に渦巻く不安をラルドが明確に出来ないでいるうちに目的地についたらしく、ゴールドの合図と共に四人は飛び降りた。



丘から降りて町に行くと、遠目からでは気配なんて感じなかったのに、そこには沢山の人間がいた。それも、今のレッド達と同じような幼い者ばかり。マサラタウンにはこんなにも沢山子供がいただろうかとレッドが首を傾げると、それを察した訳ではないのだろうが、グリーンが違うな、と小さく呟いた。

「何が?」
「ここにいるのは皆マサラの人間だ…恐らくは俺達と同じように退行させられた、な」
「なんの為に?」
「さっきレッドが、ここは誰かの心の中だと言ったな…もしかしたら、この年齢の人間に対して、何らかの思い入れがあるのかも……」
「キュイ!」
グリーンの言葉を遮り可愛らしい鳴き声が上がる。ついでズボンの裾を引かれたレッドは何事かと視線を下に向けた。そこにいたのは、風で飛ばされた筈のレッドの帽子。地面との隙間から覗くのは柔らかそうな茶色の毛並みで、もぞもぞと動き姿を見せたのは、
「……イーブイ?」
レッドが訊ねるように呟くと、イーブイは嬉しそうに鳴き声を上げた。



マサラタウンでも外れの方に位置する丘の上に着地した途端、空気が変わったのがひしひしと肌で感じることが出来た。空も目で見て解るほど異様に色を変え、どんよりとした空気を孕んでいる。ミツルはゆっくりと足を踏み出し、丘に現れた化物を見上げた。

「……イーブイ……」
「……」
「一緒に帰ろう……?」
そしてまた、昔のように一緒に暮らそう。音のない風が草の水面を揺らした。ガパッ、と化物の口が大きく開く。そから放たれたのは破壊光線で、カクレオンに腕を引かれなければ、ミツルはその餌食になっていただろう。煙立つ穴と、それを作った張本人を見つめ、ミツルはきゅっと拳を握った。
「……ゴールドさん」
「……おう」
後ろで控えていたゴールドは、全てを聞く前にその意思を察し、相棒のバクたろうを取り出してミツルの横に並んだ。メガぴょんを連れたクリス、ジュカインを従えるラルドも、それに続く。ミツルの前にはカクレオンが、主人を守り抜いて見せるという決意を秘めた面持ちで立っていた。
「……もう、あの頃の君じゃないんだね」
ならば、ただ人を襲うだけの化物ならば。一度閉じた目を開く。決意を秘めた瞳は、あの頃の弱い彼のものではない。
「……君を、倒す」
その一言を契機に、四体のポケモン達の技が炸裂した。しかしそれは直撃する手前で一時停止し、化物は悠々とそれを避けてしまう。摩訶不思議な力に足を踏み留めかけるが、自分の後ろには守るべきパートナーがいる、その事実がポケモン達の背を戦いへ向けて押してくれた。しかし力の差は歴然で、まるで玩具のように化物に踊らされるばかり。
「バクたろう!」
「メガぴょん!」
「ジュカイン!」
地面に叩きつけられるパートナーの姿に上がる、悲痛な声。不意に眉をひそめるミツルの泣き顔が脳裏を過って、カクレオンはうっすらと瞼を持上げた。霞んでピントの合わない視界、それでも確かに見えたのは
「……カクレオン!」
まだ立てる、まだ戦える。彼が信じて、その名を呼んでくれる限り。たった一匹よろよろと起き上がったカクレオンに、化物の視線が落ちる。ガパッと、その口が開いた。
「オーダイル!」
「チュチュ!」
そこから破壊光線が漏れ出す前に、オーダイルが下からの拳を顎にぶつけて口を閉ざし、チュチュがカクレオンを電光石火で安全圏まで押し出した。現れた頼もしい助っ人の姿に、クリス達の表情が和らぐ。状況説明を求める彼に簡単に答えて、クリスは二人の横に並んだ。成程、と納得するシルバーの隣でイエローは風で飛びかける麦わら帽子を両手で抑え、化物を見上げる。
「泣いていたのは……君……?」
頭に響く哀しみで満ちた声。こちらまで悲しくなってしまいそうなそれは、今やこの世界中に広がっているようだ。イエローでなくても肌に感じる冷たさに、ラルドは小さく体を震わせた。共に駆け出したカクレオンとバクたろうが、化物の一振りに糸も簡単に投げ飛ばされる。それを見ているしか出来ない自分にやきもきして、ゴールドは拳を震わせながら駆け出した。
「バクたろう! 負けるな!」
しかしその違和感にクリス達は小さく声を上げる。それもその筈、今の彼は常のそれではなく幼い姿であったからだ。
「ゴールド!?」
「うぉ?! クリス、シルバー、なんだその格好!」
「え?!」
見ればクリス達まで幼児に退行している。イエローとシルバーは顔を見合わせて驚き、ラルドは更に自らのポケモン達も退行していることに気づき、絶句した。
「ジュカイン達が……!」
「メガぴょんがチコリータに……」
「バクたろうもヒノアラシになっちまってる……!」
自身の短い手足と退行してしまった相棒を見比べ、ゴールドは苦々しく顔を歪めた。こんな状態であの化物に勝てるとは到底言い難かった。
「でも一体どうして……」
「……そうか!」
混乱して頭を抱えるクリスの隣でラルドが手を打つ。何か解ったのかと皆の視線が一斉に向かう中、ラルドは自身の短い腕を傷ついたキモリに回し強く抱き締めた。
「あのイーブイは祠の時空間の力を取り込んでるんだ!」
「時空間の?」
「シンオウでは場所によって進化が変化する例が確認されてる。イーブイは周囲の環境にも細胞変化が左右されるんだ!」
「そうか……今のアイツは時間を操れるのか……!」
見えない壁に阻まれるようにして投げ飛ばされるワニノコを支え起こし、シルバーは小さく舌打ちした。それも恐らくは時間を空間的に止め、跳ね返しているのだろう。体は幼児化され、しかも攻撃も効かないとしたら勝機はゼロに近い。絶望に膝を付きかける彼らの前に、パートナー達は傷だらけになっても立ち上がる。彼らを守るのだと、決意を固め。
「バクたろう……」
「メガぴょん……」
「……ワニノコ」
「……チュチュ」
「キモリ……」
自分達を守るパートナーの小さく名前を呟く。ミツルも顔を上げ、自身の目の前に立つ頼もしい背中を見つめた。
「カクレオン……」
初めて自分の手で捕まえた、初めて戦いを共にした、大切なパートナー。駆け出す前にちらりと見た横顔は、微笑んでいた。大きな巨体に敵わないと思える小さな体で立ち向かう姿を、ミツルは半ば放心状態で見つめた。他の五人も同じような状態で、しかしふとイエローが不思議そうに声を上げた。
「あれ……」
「え?」
「さっきから気になってはいたんですけど……あれ、なんでしょう」
「……え……」
イエローの指が示す先。化物の下半身、恐らく尾とおぼしき場所に、体毛によって見え隠れする白い布。ハンカチのようなそれに、ミツルは見覚えがあった。

――ほら、少し大人しくして……そう……はい、これでよし。もう大丈夫、痛くないだろ。今度は気を付けようね。ん? ……あはは、くすぐったいよ……

「……イー……ブイ……」
つう……瞬きしない目から、涙が一筋溢れていった。頬を伝う滴が地面に爪を立てた手の甲に落ちる。目を閉じ、ミツルは叫んだ。
「イーブイ――――!!」

枯れる声は届くのだろうか。



「……なんでこうなる」
「私に聞かないでよ」
息をきらしたグリーンに問われ、ブルーはうんざりとした調子で答えた。そんな二人の視線の先には、イーブイと駆け回るレッドがいる。四天王戦の後遺症で体力は落ちているが、元々はガキ大将のような少年だったのだ、幼児化した今体力が有り余っているのは当然だろう。
「うわ!」
突然聞こえたレッドの声に、二人は驚き慌てて立ち上がった。座り込んでいるところを見ると、転んでしまったらしい。グリーンは駆け寄り立ち上がるのに手を貸した。
「あれ? お前……」
怪我してんのか、と鼻頭を砂で汚したレッドは腕の中に抱いたイーブイを覗きこむ。こてんと首を傾ぐイーブイにニッと笑い返すと、レッドはポケットを探り何かを取り出した。
「……よし」
これでよし。イーブイを見てレッドは満足そうに頷く。その横ではグリーンとブルーが、自身の怪我を省みていないレッドに呆れ溜息を吐いていた。尾に巻かれた白いハンカチを揺らし、イーブイはそれと彼の笑顔を交互に見つめた。

「次は気を付けろな」
――気を付けようね

ダブった、何時かの声と笑顔。似てるけど、違う。目の前の彼は、探している彼じゃない。

――イーブイ

ミツルじゃないんだ。



ぐぱ。空間が裂け、新たな何かが投げ込まれる。目の前に着地したそれらに、ゴールド達は目を疑った。探していた先輩達の、幼い姿であったからだ。
「レッド先輩!」
「グリーンさん!」
「ブルー姉さん!」
「ゴールド、か?」
状況が把握出来ないのか辺りを見回す三人。彼らに説明しようとしたゴールドは、ふとレッドの腕の中の茶色い毛並みに目を見開いた。
「それは……」
「ん? ああ、コイツは……」
「イーブイ?」
レッドの言葉を遮って、ミツルは小さく呟いてその隣にぺたりと膝をついた。彼を見て合点したのかレッドは小さく微笑んで、ミツルにイーブイを差し出した。恐る恐る震える手が伸ばされる。それがしっかり触れる前に、イーブイの方からミツルの胸に飛び込んだ。一瞬驚いたように目を開くミツルだが、すぐにそれを涙で潤ませ、震える手でしっかりとイーブイを抱き締めた。

「……イーブイ……っ」

やっと、会えた。

絞り出された声。ふと、その頭上で柔らかな緑の光が降り注いだ。子供達の視線が空に現れたセレビィに向かう。様々な思いの孕んだ視線の中、セレビィはゆっくりとミツルの腕の中のイーブイに近寄り、その額に手を当てた。ふわり、と優しい風が起こりイーブイを包み込む。一度ミツルの腕から浮き上がったイーブイはタマゴにその姿を変え、また彼の腕に収まった。いつの間にか化物の姿も消えていたが、誰もなにも言わなかった。言えなかった。いつの間にか元の姿に戻った図鑑所有者達は、穏やかな風を吹かせるマサラの丘に座り込み互いに顔を見合わせた。
「……また友達になれるさ」
呆然とタマゴを見つめるミツルにゴールドがそう声をかけると、彼は少し眉尻を下げて微笑んだ。



「そんなことがあったの」
クリスから事情を聞き、ようやっと納得したブルーはほうっと息を吐いた。その様子に苦笑してクリスは口許に指を当てる。
「イーブイは本当にミツル君に会いたかったんでしょうね。けど体の変化に心がついていかず、認識出来なかった」
「それであんなに暴れていたんですね」
チュチュを抱き締めながらイエローは呟いて、ふと遠くでゴールド達とはしゃぐミツルを見やった。笑ってはいるもののその笑顔にはどことなく影が見られ、無理をしていることは明らかだ。仕方のないことではあるが。
「イーブイは、幸せね……」
ブルーが呟く。それに笑顔で同意してクリス達は空を仰いだ。心地よい夏風が、彼女らの髪を揺らしてゆく。ミツルの抱いたタマゴが小さな音を立てたが、今はまだそれに気づく者はいなかった。





Fin.
(210922体裁整え)
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