ロン禁×REBORN(2)
その後もロンの興味の赴くまま、屋台を渡り歩いた都々丸。ふと、その一角が他と違う意味で騒がしいことに気が付いた。
「何だろ」
「事件かな、行こうトト」
黒蜜ポップコーンをザラザラと口に流しいれ、ロンは嬉々として人だかりに飛び込んでいく。慌てて都々丸も後を追った。
「すみません」と人を掻き分けて辿りつた先は、一つの屋台。暖簾に『黒蜜ハンバーグ』と書いてあり、先ほどロンが持ってきたものと同じ商品がディスプレイされていた。屋台の店主は涙目で委縮しており、その向かいには先ほど見た黒いスーツの男の姿。ただ事ではない様子に、都々丸は慌てて駆け寄った。
「ちょ、ちょっと!」
「落ち着いてください!」
都々丸が声をかけたとほぼ同時に、別方向からも声が上がった。都々丸が店主と男の間に割って入ると、別方向から声をかけた青年が男の腕を掴む。フワフワとしたブラウンの髪を揺らす青年は、男の睨みを受けて少し怯えた様子を見せたが腕を掴む手は離さない。
「こんなところで恐喝しないでください!」
「こいつはハンバーグを侮辱した」
恐喝、という単語が聞こえて都々丸はますます無視できなくなった。男を落ち着かせるために両手を翳し、声をかける。
「お、落ち着いてください」
向かい合ったことで男の鋭い眼光を直視してしまい、都々丸は喉から飛び出そうになった悲鳴を何とか飲み込んだ。
「こんなイベントで騒ぎはご法度ですよ。理由は分かりませんが、一度拳を収めて……」
「何君、僕に指図するの?」
できるだけ刺激しないよう平静を装ったつもりだが、男の気迫は収まらずギラリと銀に光る棒が視界に入る。都々丸も、彼が背後に庇った店主も涙目だ。
「ヒバリさん!」
事の成り行きを見守っていた群衆も硬直する中、弱弱しくも何とか自分を奮い立たせようとする声が響いた。都々丸と男の間に滑り込んだのは、男の腕を掴んで制していた青年だ。
背は都々丸より少し低く、一般的に見て小柄と言える部類だろう。鋭い目つきの男と比べると、肉食獣と小動物。小さな青年が凶暴な肉食獣にパックリと喉を食い破られる光景が、都々丸の脳裏を過った。
「お、俺は刑事です!」
何か言いつのろうと口を開く青年を遮って、都々丸は叫んだ。周囲の視線を一手に引き付ける中、都々丸は己を奮い立たせて男を睨む。
す、と音もなく男の身体から殺気のような気配が消えた。「ふぅん」と呟きながら、男は腕を下ろす。
「証拠は?」
「へ?」
「君みたいな鳴き声ばかり煩わしい草食動物に付き合うほど、僕も酔狂じゃないんだ。それが国家権力を振りかざすと言うなら、しょうがない、少し話を聞こうじゃないか」
「ひ、ヒバリさん……」
都々丸が刑事と聞いてから顔を青くしていた青年が、さらに頬を白くして男を見やる。これ以上余計なことを言って公務執行妨害で逮捕されては困る、と言いたげだ。
「きょ、今日は非番なので警察手帳は持ってないです……」
「しかし彼の名刑事ぶりは僕が保証しよう」
そこでやっと、都々丸に救いの手が差し伸べられた。頼もしさに顔を輝かせた都々丸は、しかしすぐに表情を曇らせる。
ペロリと親指についた黒蜜を舐めとって、一人の男が群衆より姿を現した。光沢ある黒いジャケットを肩からかけ、バッサバッサと風で翻す。目元を隠したもっさりヘアはそのままだが、額部分には赤いハチマキのようなものが巻かれている。達筆な筆字のそれは『黒蜜愛』とあった。男は手にした黒蜜のカップへ割り箸を突き刺し、水あめのように練って持ち上げる。
「どちらさまー!?」
「黒蜜あるところに我はあり、黒蜜川鴨蜜さ」
「蜜が多い!」
思いのまま叫んだ都々丸は「ん?」と内心首を傾ぐ。後者のツッコミは自分だが、先にロンへ鋭い言葉をぶつけたのは違う。まさか、と思い横を見やると、青年がハッと我に返ったようにして丸く開けていた口を手で覆っていた。男は興が削がれたと言いたげに腕を組んで、ふうとため息を吐いている。
「で、そこのふざけた雑種が何を保証するって?」
「一色刑事の名刑事ぶりをだ」
肩を並べるようにロンは都々丸の隣に立つ。男はフンと鼻を鳴らした。
「雑種が草食動物の庇護か……」
「ひ、ヒバリさん、もうその辺りで……さすがに並盛外で刑事さんのお世話になるのはまずいですよ」
びくびくと肩を揺らした青年が、男へ懇願するように手を合わせる。男はチラリと彼を一瞥すると、仕方ないというように息を吐いた。
「そこの店主」
「ひい!」
「今回は場所に免じて見逃そう。けど、どこでも同じ商売ができると思わないことだ」
獰猛な肉食獣の一瞥を受けた店主は、哀れ白目をむいて座り込む。男はもう興味はない様子でさっさと踵を返してしまった。
「お騒がせしてすみません!」
某聖職者のように避ける人波の間を悠々と歩いて行く黒い背中。それを思わず見送ってしまった都々丸は、突然目の前で頭を下げられて我に返った。
青年は平伏する勢いで下げていた頭を上げて、気まずそうに頭をかく。
「あの人、ハンバーグが好物で、それが黒蜜まみれになっていることに腹が立ったみたいです」
「ま、まあ、好物なら、怒りますよね……」
それにしてはな迫力だった気もするが、都々丸は言葉を飲みこんだ。
「えっと、そちらの……黒蜜川さんもすみません。なんか、巻きこんじゃって」
「僕も好物を貶された気分だ。これでウィンウィン」
「ポジティブな考え方だな」
ロンと都々丸のやり取りを見てクスクス笑っていた青年は、ふと地面に座り込んだままの店主に目を止めた。
「えっと、店長さんは大丈夫ですかね……」
「あ、本部の人に連絡しますよ。休憩所がある筈ですから、そこで休ませます」
「そうですか……すみません、俺、この後用事があって、さっきの人も探さないといけないので……」
青年は、すっかり姿を消してしまった男が歩いて行った方へ視線を向ける。都々丸が後はこちらでやることを伝えると、もう一度頭を下げてからパタパタと駆け出していった。
「何か、意外な二人だったな。先輩と後輩かな?」
「一般人だと良いな」
店主を運びながら都々丸が呟くと、ロンは平素の調子で物騒なことを言いだした。
「はあ? 確かに先輩の方は一人や二人殺しそうな気迫だったけど……」
「後輩の方も只者じゃない。スーツの下で分かりにくいが中々に筋肉質だったし、動き方が武道を嗜んでいる者のそれだった」
「え!」
自分より非力そう、という感想を抱いてしまった都々丸は、ツンとした胸の切なさを覚えた。
「それに気になることも言っていた」
「気になること?」
「『並盛外で刑事の世話になるのはまずい』……トトが刑事だと叫んだときも、一番怯えた表情をしていたのは彼だ」
先輩と思しき男はポーカーフェイスだろうが、後輩らしき青年はそこまで表情筋を制御できないように見えた。
「並盛って……」
都々丸も息を飲んだ。
「そう」
ロンは前髪の隙間から鋭い眼光を覗かせる。
「――濃厚な謎の香りがするな」


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