ルートA「種から小鳥は生まれない」
・尾白くんのこと考えすぎて家族妄想まで行きついちゃったバージョン。
・尾白家族捏造。
・捏造個性持ちのモブが登場します。

その日、雄英高校の客間の一つに、その男たちは集まっていた。校長の根津、特別講師のオールマイト、A組担任の相澤。そして彼らと対面するソファへ腰を下ろしたのは、ぴっちりとしたグレースーツに身を包んだゴリラの顔をした男だ。家庭訪問のときも出会っているが、それにしても尻尾が生えているだけの少年の父にしてはインパクトの強い男である。
「尾白猿夫の父です」
お世話になっております、と厳つい顔からは想像もできないほど柔らかな声で言い、会釈した。この度は、と口火を切り、相澤は先日の事の顛末を説明した。ヒーロー科A組所属の尾白猿夫が、自ら内通者と名乗り、相澤に一撃を加えた後、敵連合と共に姿を消した。
「そうですか……」
男は噛みしめるように呟き、膝の上に乗せた手を握る。暫くしてから男は顔をあげた。
「実は、ご説明していなかったことがあります」
そう言うと、男は自分の首元へ手を伸ばし――すぽ、と頭を外した。
「!」
ギョッと目を丸くしたのはオールマイトだけで、根津は納得したように顎を撫で、相澤はやはりなと独り言ちた。
「私の個性はゴリラではなく――猿夫の実の父親でもありません」
そう言う男は薄いフレームの眼鏡をとりだし、耳へかけた。薄い色と癖のない質の髪は、尾白と似ている。しかし彼の身体には猿や尾を連想させる個性の兆候は見られず、先の言葉がなければ尾白の尻尾は母遺伝の個性だと思ってしまうだろう。
「あなたと尾白猿夫の関係は?」
男はすぐには答えず、中身のなくなったかぶり物をそっと横に置いた。
「……尾白猿夫の父は、凶悪ヴィラン『コングマン』です」
「!!」
コングマン。個性『猿』による圧倒的な腕力と跳躍力を持ち、数年前に暴力事件を起こした凶悪ヴィランだ。短絡的な思考は猿そのもので、それによって振るわれる拳は商店街を一つ潰してしまったほど。
「あまりの凶暴性故、加減を誤ったとあるヒーローによって脊髄を損傷し、寝たきりの状態になったと聞きます」
当時はヒーローの過剰防衛だと批判する声も上がったが、すぐに別の事件によってかき消されてしまった。男はその通りだと頷いた。
「私は、ヴィランの家族たちを支援するプロジェクトチームに所属している者で、尾白家の担当をしています」
オールマイトは、根津が受け取った名刺を覗きこむ。そこに並んだチーム名は、確かに聞き覚えのあるものだ。犯罪者の家族は、時として被害者家族よりも憂き目に合うことが多い。家族に罪はない。追い詰められて自殺してしまったり、逆に更に周りを傷つける加害者となってしまったりすることを防ぐため、彼らのような人間が微力ながらも活動を続けていることは聞き及んでいた。まさか尾白猿夫がそうだとは、思いもよらなかったが。
「尾白自身はそのことは」
「知っています」
ならばそれは、学校側にも伝えておくべきだった。今回のような事態は最悪で、それでなくても実父の事実は思春期の少年へ心身共に影響を与える可能性がある。悩みを取り除き支援グループと連携して教育支援していくのは、雄英とて他の学校と同じ仕組みである。
男は表情を崩さず、申し訳なかったと謝罪を述べた。
「こちらとしても、今回の事態は想定外です。尾白猿夫は他の加害者家族と比べても安定し、正義を志していた」
「本心は当人にしかわからないということですね」
「……雄英は、どうされる方針ですか」
根津は少し思案するように顎を撫でる。そのときだった。
「ちょ、ちょっとあまり押さないで……ってわあああ!」
がたん、と大きな音を立てて、扉が壊れた。廊下の向こうで聴き耳を立てていたA組メンバーが身を寄せ過ぎて、扉が耐えきれなかったのだ。初めから存在に気づいて放置していた相澤たちは、隠密においてまだ指導の余地があるなと心の中で呟いて、立ちあがった。
「寮で待機していろと言った筈だが」
「す、すみません。どうしても気になって……」
いち早く飛び起きた緑谷が、ぺこりと頭を下げる。彼の傍らで、膨らんだシャツとズボンが揺れた。
「尾白くんを、ヴィランとして倒すんですか」
葉隠透の、見得ないが真っ直ぐとした視線が、相澤を見つめた。相澤が口を開く前に、「そんな!」と緑谷が声をあげた。
「尾白くんにも、何か事情があった筈です!」
「ヴィランたちには何かしら事情と理念がある。それによって他人を傷つけてしまうから、ヴィランなんだ」
尾白は情報を漏らして雄英を危機へ陥れた疑惑だけでなく、相澤を攻撃したという目撃者を伴った事実がある。緑谷はグッと口を噛みしめた。
「だって尾白くん……悲しそうな顔をしていたのに……」
悔し気に顔を歪めて緑谷は俯く。感情を押しこめるように扉を掴んで、心操は下唇を噛みしめる。
「……アンタたちは、どうするんだ」
心操の視線から話を振られていると気づき、男は「そうですね」と呟いて眼鏡へ触れた。
「ヴィランに関しては警察やヒーローへ対応を任せます。これ以上、こちらが支援できることはありません」
「それは……尾白くんのことを、ヴィランだと言っているんですか」
「珍しいことではありません。ヒーローの子がヒーローを志すように、ヴィランの子もさまざまな思惑の下ヴィランとなることが多い……それを防ぐためのプロジェクトですので、今回のようなことを肯定すべきではないのですが、どうしても起こってしまう。ある種仕方のないことなのです」
淡々した男に、緑谷たちは言葉を失う。凍り付く空気を壊したのは、根津が膝を叩く音だった。
「うん、事情はよぉく分かりました! ご説明誠に感謝します」
ソファから飛び降り、根津は男へ手を差し出した。
「雄英としては、警察や諸ヒーロー事務所と協力し、できるだけ世間には極秘にして事態解決を図りたいと思います。そちらも今回の件は暫く内密にお願いしたい」
「え……?」
「校長先生、どういう……?」
困惑したのは男だけでなく、生徒たちもだ。根津は背中で手を組み、いつも通りのにこやかな笑顔を浮かべる。
「尾白猿夫はわが校の生徒であり、仮免を持ったヒーロー候補生だ。個性の無断使用だけじゃあ、捕縛はできない」
答えたのは相澤だ。
「犯罪に使えば、問答無用だが」
「要はその前に保護してしまえば良いのさ!」
「保護とは……尾白猿夫は裏切ったのでは?」
「アンタは俺たちより長く尾白と関わっているのに、何もわかっていないようだな」
男は少々ムッとしたように目を細める。相澤は気にした様子を見せず、膝へ腕を置くように上体を前へ倒した。
「例えヴィランの子どもだとしても、初めから裏切っていたとしても、本当にヒーローを目指していなければ、とっくに除籍処分にしている」
「……――相澤せんせぇー!!」
ぶわりと破顔し、A組生徒たちは腕を掲げる。そのまま雪崩のように飛びかかろうとしていた生徒たちを睨みで留め、相澤は男へ視線を戻した。
「あなたたちのプロジェクトだって、『また』救えなかったとレッテルを貼られるより、良いだろう?」
「……全てうまく行けば。希望的観測ですね」
「ああ、非合理的だ」
「相澤せんせぇ……!」
「うるさい」
びしゃりとA組の声を一刀両断し、相澤は長く息を吐く。
「しかしその希望を掴むのが、ヒーローでしょう」
緑谷は思わず胸元を握りしめた。相澤の視線を受け、心操も拳を握りしめる。
「行けるな、お前ら」
「――はい!」
緑谷たちは力強く頷いた。
盛り上がる彼らを据わった目で見つめていた男は、小さく舌を打った。

「コングマンの息子か……ヒーローネームはテイルマン」
地を這う蟲のような声に、背筋が泡立つ。口元へ笑みを浮かべ、恐れを気取られないようにしながら、尾白は肩へ乗せた尾をそっと撫でた。
「ヴィランとしては、何と呼べばいい」
「ヴィランネームってやつですねぇ! 私も考えて置けば良かったです」
頬へ両手を当て、トガがニコニコと笑う。「好きにどうぞ」と呟きながら、尾白は部屋へ視線を走らせた。彼女も、部屋に並ぶ他のメンバーも寛いで談笑しているように見えるが、隙がまるでない。
「めんどくせぇ、オジロで良いだろ」
カウンター席のようなところに座っていた死柄木が、カタンと椅子を鳴らした。「じゃあそれで」と同意して、尾白は頬を尾先の毛へ埋めた。左耳につけた耳飾りの冷たさが、その存在を教えてくる。どくどくと脈打つ心臓が、その冷たさで少し和らぐ気がした。
(大丈夫、大丈夫。まだ、そのときじゃない)
落ち着いて機会を狙えと、何度も心の中で呟く。
渡された耳飾りは小型の高性能爆弾。これを死柄木の目の前で爆発させることが、尾白の役目だ。例え、それに巻きこまれて命を落とすことになっても。
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