妄想ヴィラン
はい、お疲れ様。そう言って差し出されたのはお茶だった。汗を拭く手を止めて受け取り、心操はトレーニングルームの隅に腰を降ろした。渡した尾白はその傍らで壁に寄りかかり、ユラユラと尻尾を揺らす。
体育祭後からひっそりと始まった秘密の特訓の成果は上々。心操の身体を鍛えるためのトレーニングを、近接格闘を戦法とする尾白が監督するという、相澤考案の特訓だ。たまに尾白の尾をサンドバッグ代わりに使用し、心操はパワー向上を、尾白は尾の強靭さ向上を狙うことも。合宿で硬化の個性を持つクラスメイトを嫌という程殴った尾白は、心操のパンチが物足りないようだったが、そこは妥協してもらった。
「大分いい形になってきたんじゃないか」
尾白がどこか嬉しそうに言う。そうかなと適当にはぐらかして、心操は渡された紙コップを口元へ近づけた。
「心操」
手を止め、尾白を見上げる。相変わらず大きな尾をユラユラと揺らして、尾白は小さく微笑んだ。
「やっぱり、ヒーローになりたいか?」
「当たり前だろう」
即答して何を今更と呟く。尾白は少し驚いたようだったがまた微笑んで、そうか、と小さく頷いた。
「ごめんな、心操」

からん、と紙コップが床を転がる。尾白の大きな尾がそっと横に倒れた心操を抱きとめ、ゆっくりと床へ横たえた。尾白は笑んだまま、紙コップを拾い上げて握り潰した。
「やほー、特訓はどう?」
軽快な足音を立ててひょっこりと宙に浮かんだ制服が入口に現れる。葉隠は尾白と、その足元で倒れる心操の姿を見て驚いた声を上げた。
「しー。ちょっと疲れたみたい。無茶させたかなぁ」
「ありゃ寝てるんだ。何か意外」
トテトテと側へ近寄り、葉隠は心操の枕元にしゃがみこむ。すると尾白は自然な動作で出入口に向かった。
「尾白くん?」
どこへ行くのだと葉隠が問うと、尾白は扉の前で足を止め顔だけ振り返った。
「ちょっと用事。申し訳ないんだけど、葉隠さん、ちょっと心操を見ていてくれないかな」
「それはいいけど……」
葉隠は立ち上がり、微笑を浮かべる尾白を見つめる。
「尾白くん……帰っちゃうの?」
尾白は少し目を細め、緩く首を振った。
「行くんだよ……お先に」
ひらひらと手を振って、尾白はトレーニングルームを出ていく。残された葉隠は眠りこける心操を見下ろし、それから尾白の消えた出入口を見やった。

いまだ影も掴めない内通者は、今日もまた雄英のセキュリティを嘲笑うように敵連合を手引きする。相澤の個性で断続的に個性を無力化しつつ、緑谷や爆豪、轟で敵にダメージを与えていく作戦。ギリギリ拮抗状態にさせていると言った方が正しい。また個性を止めようとした相澤は、不意に背後から首筋へ鋭い一突きを受けた。
「相澤先生!?」
緑谷が驚いて足を止める。爆豪たちも息を飲み、倒れふした相澤と、その背後に立つ人物を見つめた。荼毘は吐息を漏らして遅かったなとその人物へ言った。
「肉体系の個性は消せないのが難点だな」
ポツリとそれだけ呟いて彼は――尾白猿夫は、荼毘の方へ歩いて行く。尾白くん、と緑谷が呼ぶと、いつもと変わらない笑顔でヒラリと手を振った。
「どういうことだ、尻尾!」
「どうもこうも」
尾白は苦笑してジャージを脱ぐ。下に着ていたのは、黒いチャイナ服だった。ぱちん、と左耳につけた黒い玉の耳飾りが揺れて、鈴のような音を立てた。
「内通者だよ」
まるでお昼のメニューを伝えるような自然さと声色に、緑谷たちは背筋をゾッとさせ言葉を失う。相澤は痺れる身体を地面につけたまま顔を歪めた。
「まさか地味で普通、目立たない俺とは思わなかっただろ?」
その通りだ。よく考えれば、内通者が目立たないように振る舞うのは至極当然。生徒を信じたいがために、相澤は痛恨のミスを犯したのだ。
「おい、心操とかいうガキは」
「ああ、あれだめ。爆豪と一緒。ヒーロー志望が強くて説得無理」
尾白はヒラヒラと手を振る。荼毘は眉を顰め、無理やり言うことを聞かせる方法くらい、アジトに戻ればあるだろうと苛立ったように吐き捨てた。そうだっけ、と尾白は笑って首を傾げる。どうやら情報漏洩だけでなく、勧誘も彼へ与えられた仕事だったらしい。他に被害者がいないことを願うばかりだ。
「取り敢えず帰ろう、俺疲れたよ」
「待て、お前は何一つ役目を果たしていない」
「そんなん……情報洩らして存分に破壊できるよう手筈を整えた、で充分だろ?」
尾白は目を細め、荼毘を見据える。荼毘は舌を打って仕方がないと、黒霧のワープを呼んだ。
「ちょ、待って、尾白くん!」
呆気に取られていた緑谷は、慌てて声を張り上げた。ブラックホールへ入っていく荼毘へ続こうとしていた尾白は、少し足を止めて振り返る。
「緑谷」
尾白はくしゃりと笑って
「じゃあな」
すぅ、と黒へ吸いこまれていった。


分岐
A「ヴィランの子どもはヴィランてことだ」捏造過多ルート→ルートA
B「尾白くんかと思った? 残念トガヒミコちゃんでした!」正体はヒミコルート→ルートB
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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