◆終局特異点
最終決戦の場、白い階段を上った先にあったのは一つの直方体の箱であった。白い光を固めたようなそれは、階段を上り切った先にポツンと一つ置かれている。一見棺桶のような形をしており、サーヴァントたちの不快感を沸き上がらせた。さらにそこに横たわる人間の姿を見つければ、ことさら。
「マスター!」
「マスター!」
ネロとガウェインは同時に叫び、顔を見合わせた。ガウェインは藤丸を、ネロは立香をマスターと呼び、もう一方には「昼の」か「夜の」と冠詞をつける。そんな剣士たちが揃って「マスター」と棺桶で眠る人間を呼んだのだ。ジャックやビリーたちも戸惑い、互いに顔を見合わせた。
「……大人の僕」
子ギルはじっと棺桶を見つめたまま、同じく棺桶を険しい顔で見据える賢王に声をかけた。
「あなたにはどう見得ますか?」
「……貴様はどうなのだ」
「質問しているのは僕の方ですよ」
小さく頬を膨らめた子ギルは、言い争っている場合ではないと吐息を漏らした。
「……僕のマスター、即ち、夜の姿に見えます」
恐らく、藤丸のサーヴァントたちには彼の姿が、立香のサーヴァントたちには彼女の姿が見えている。この白い階段を上る直前で姿を消した、自分たちのマスターが。
グッと拳を握るガウェインたちの頭上、玉座の方から高らかな笑い声が聞こえてきた。

初めの敗北を、男はもう覚えていない。男だったか、女だったか。しかし『藤丸立香』であり、人類最後のマスターであり、カルデアに来るまでは一般人でしかなかったちっぽけな人間であったことは覚えているし、そこはいつも変わらぬ前提であった。性別は、その都度変わっていた。
崩れる世界と共に落ちる中、一瞬近くなった背中へ手を伸ばし、しかし結局は触れることすらできなかった小さな背中を見送り、男は思った。何が間違っていたのか、何が足りなかったのか――次があるならもっとうまくやるのに。
その後悔を聞き、情けをくれた存在があったのかもしれない。もしくは、存在を知覚されず零れ落ちた聖杯の一つが願いとして認識したのかもしれない。
次に目を開くと、男は過去の世界にいた。平行世界の一つであったのだろう。男自身は意識として、記憶として存在しており、目の前にはその世界の男がいた。男は一度目の経験を彼へ聞かせ、彼もそれを受け止めた。そうして進んだその世界でもまた、男は敗北を期した。
人類最後のマスター『藤丸立香』に。
何が違ったのか、何が不足していたのか。男はまた思慮を巡らせ、背中へ手を伸ばした。するとどうしたことか、手は小さな背中に届き、掴め、引き寄せることができた。
目を開くと、男はまた過去の世界にいた。手元には――体感にして――先ほどまで対峙していたマスターの姿があった。実体そのものを掴めたのではない、『藤丸立香』がいたという存在を男は掴み、次なる世界へ連れてきていたのだ。
男はその扱いに困り、その世界では存在を秘匿したままにした。結果、男はその世界で初めての勝利を得た。手元には男女の人類最後のマスターが揃った。それを見て男の心は澄み、口元は綻んだ。
勝利と呼んだのはその一点のみで、直後激昂したサーヴァントたちによって人理焼却は成し得なかったが。
「四度目だ」
長く永い、自己語りを終えて男はニタリと笑った。眼下のサーヴァントたちは不快なものを見るような険しい目を、男に向けている。
「この世界で二人のマスターを下し、勝利を完璧なものとしよう」
高らかに笑い続ける男を睨み、ガウェインとネロは剣へ手をかけた。ジャックも身を屈め、ビリーは拳銃のリボルバーを回す。いつもは柔らかい笑顔を浮かべているアレキサンダーも、ピキリとこめかみを引きつらせて愛馬の手綱を強く握りしめた。前髪に隠れて表情は伺えないが、風魔の脇に垂らした手にはひびが入るほど握りしめられた苦無がある。
「……これは厄介ですね」
武器へ手をかけつつ、天草は眉を顰めた。
別々の平行世界から無理やり存在だけを連れてこられた二人のマスターは、つまりこの世界で一番不安定な存在になってしまった。二人で一つになってしまったのではない、双方の意識や記憶、人格を保つために一つの実体にならざるを得なかったのだ。異分子にも等しい彼らが、この戦いの後、どうなってしまうのか、誰にも予測できない。
「マスターたちは私が守ります」
バッと御旗を振り、ジャンヌは高らかに声を上げた。彼女の御旗からあふれる光は、どんな攻撃も通さない神の加護の如きもの。
同意するようにマリーは何度も首を縦に振った。
「ええ、ええ! 私たちのマスターですもの! 暗い想像ばかりするのはよしましょう。マスターは私たちが守り、巨大な敵は私たちが倒す。それで良いじゃない。それで未来が取り戻せると信じて、マスターも私たちもここへ来たのだわ」
ガウェインもネロも、ジャックもビリーも、古代王たちも頷き合い、それぞれの武器を掲げた。マシュも熱くなる目尻を、首を振って払った。

「……さすが藤丸くんと立香ちゃんだ」
コツ、と階段の一段目に足をかけ、彼は上から聴こえる声に口元を綻ばせた。視線を上げれば、既に戦闘は始まったらしい、火花や爆発が見えた。
全てを終わらせるために、彼と彼女の明日をつなぐために。手袋の上から手を握りしめ、そこにある固い指輪の存在を感じると、彼は決意を秘めた瞳で昇るべき階段を見上げた。
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