2.あの日の決別
『アレックス、一緒に獅子宮に行こう。』
やや厳しい表情を崩さずに、私に向かってアイオリアが伸ばした手。
だが、私は切なさに締め付けられる胸の、鈍い痛みを堪えながら、フルフルと首を左右に振った。
『……アレックス?』
『ごめん、アイオリア。私、私は……。』
私の表情から何かを悟ったのだろう。
アイオリアは益々、険しく顔を曇らせた。
『私は……、磨羯宮に行くから……。』
『っ?!』
途端に鬼のような形相をして、私の両肩を力任せに掴んだアイオリア。
まだ子供とはいえ黄金聖闘士の力で掴まれて、悲鳴を上げたくなる程の痛みが走る。
だが、私はその声を飲み込んだ。
眼前に迫ったアイオリアの見開かれた瞳が……、私と同じ透き通った緑の瞳が、悲しみか怒りか分からない色にくすんでいるのが見えたから。
『アイツは……、兄さんを斬った張本人だぞ?!』
『分かっている。でも、きっとシュラは、私を必要としているから……。』
瞬間、アイオリアの瞳の緑が、怒りで真っ赤に燃えたように見えた。
それは何て痛々しい色だったのか。
『そんなにシュラが大事なのか? 俺の事は、どうだって良いのだな?!』
『違うわ! そうじゃなくて!』
だが、こうなってしまっては何を言っても無駄だった。
敬愛していた兄を失い、逆賊の弟だとレッテルを貼られ、冷たい眼差しに取り囲まれたアイオリアには、私の心を推し量る余裕なんてなかったに違いない。
私は私で、どうしたら伝わるのか、その方法が分からず、ただ俯くだけだった。
どんなに辛い立場に立たされたとしても、アイオリアは強い。
彼の心は強さを忘れず、前へと進める力を持っている。
だが、シュラは――。
彼は、その研ぎ澄まされた技と、落ち着いた性格から、とても強い人であるような印象を他人に与える。
だが、畏敬し憧れていた人を自らの手で斬ったシュラ。
その手に残る肉と血の感触に、彼は強く深い自責の念に囚われているだろう事が、私には分かっていた。
ならば、私はシュラの傍に居なければ。
私が傍に居て、彼の苦しみを取り除いて上げなければ。
それが出来るのは、私しかいない。
彼を支えられるのは、私だけだ。
そう、アイオリアよりもシュラの方が、より強く私を必要としていると、まだ幼い私は本能で察知していたから。
だから、磨羯宮へ行く事を決めたというだけで、決してアイオリアを疎んだ訳ではない。
シュラの事を、彼一人にして放っておけなかったのだ。
ただ、言葉にして伝えるには私はまだ幼く、上手な説明など出来る筈もなかった。
そして、そんな私の思いを察して理解するには、アイオリアもまた幼過ぎた。
『そうか……。賢い選択だな、アレックス。』
『っ?!』
『逆賊の弟と共にいるより、その逆賊を始末した英雄の傍にいた方が、アレックスにとっては居心地が良いだろう。こんな俺と居るよりは……。』
アイオリアの言葉に愕然とした。
そして、心は悲しみでいっぱいになった。
『違う! アイオリア、違う!』
どんなに否定しても、受け入れる心を持たない彼には、届きはしない。
踵を返して背を向けたアイオリアは強固な意志で、もう絶対に私の方へは振り返らなかった。
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