手が届かない



「何をしているのです、アレックス?」


少し遅い昼食を取り終え、執務室へと向かう廊下の途中。
陽当たりの良い中庭に、アレックスの姿を見掛けた。
二人掛けのベンチに座っている彼女は、膝の上に黒い大きな布を広げている。


「ムウ様、今日は執務当番ですか?」
「えぇ、お昼ご飯を終えて、執務に戻るところですよ。」


ニコニコと満面の笑みを浮かべ私を見上げるアレックスの横に、躊躇わず腰を落とした。
戻らなくても良いのかと表情で問い掛ける彼女に対して、ニコリと微笑み返して安心させる。
執務など多少、遅れても問題はない。
アレックスの眩い笑顔で癒される時間を得られるのならば、遅れた分の執務など、直ぐに取り戻せるだ。
見ているだけで心躍る、この柔らかな笑顔。
私の心の安らぎ、それがアレックスという存在。


「これ、エプロンを縫っていたのです。」
「エプロン、ですか?」


その割には随分と大きな布だ。
しかも、黒一色で少しの飾りもない、まるで男物のような……。


そこまで考えて、ハッと気付いた。
黒く飾りのないシンプルなエプロン。
それは当然、男が身に着けるものであって、しかも、これだけ大きな布を必要とする人物は、人種多様なこの聖域に於いても極めて少ないと言える。
アレックスは先日、何と言っていた?
金牛宮から私の宮へと下りてきた時に、エプロンの話をしていなかったか?


「それは……、アルデバランのために、ですか?」
「え? あ、はい。そうなんです。アルデバラン様はお掃除もお料理も全部、何もかも御自分でなさる割には、エプロンの一つも持っていないんですよ。身体に合うサイズがないと仰って。」


それで、わざわざ作っているという訳か。
既製品を探すでもなく、敢えて自分で手作りしようとは。
その労力を厭わず、費やす時間も惜しまない。
それはつまり、そこには数多の想いと、大きな期待とが籠められているという事。


「きっと……、喜ぶでしょうね。」
「そう思いますか? 迷惑がられるのではと心配をしていたのです。」
「大丈夫ですよ。アルデバランは不器用ですから、素直にありがとうとは言えないかもしれませんが、照れ臭そうに笑って受け取ってくれるでしょう。あるいは、顔を真っ赤にするかもしれませんね。」
「だったら、良いのですが……。」


知っているのだ、前々から。
アレックスが誰を見て、誰を想っているか。
一番近くに居る友の元へと、彼女は足繁く通っていたのだから。
アルデバランの横で笑う彼女の、その太陽のような輝きに惹かれたのだから。


「では、アレックス。貴女はエプロンと一緒に告白もすべきですね。」
「え? わ、私からですか?」
「アルデバランは奥手です、多少は貴女から押す方が良いでしょう。待っているだけでは、幸せなど掴めませんよ。」


願うのは友の幸せ、彼女の幸せ。
二人が仲睦まじく過ごす、平和な時間。
だからこそ私は、何も言わずにいるのだ。
惹かれ合っている二人の間に入り込んでも、良い事など何一つないのだから。


諦める訳ではない。
ただアレックスの笑顔を失いたくない。
例え、私の想いが届かないままで、永遠に消えてしまう事になっても……。



誰にも知られずにこの恋が終わっていく



‐end‐





ブログで一人勝手に萌え吐きしていた『黄金ズの悲恋シリーズ』を始めてみました。
ムウ様が自分から退く事があるとしたら、バラン先生絡みの場合くらいかな、と。
その他の黄金ズだったら、無理にでも自分が奪い取りに行きそうですもの(苦笑)

2017.05.02

→next.(水瓶座の恋の終わり)


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