午後六時十五分。
執務を終えたデスマスクとアフディーテが教皇宮を出た。
十二宮の階段を下りる足取りは、黄金聖闘士に合わず非常にゆっくりだ。
のんびり、のんびり、一歩、一歩。
ダラダラと言っても過言ではない程に、鈍足に下り進んでいるが、そこに遅刻の罪悪感は少しもない。
寧ろ、ワザと遅く到着するようにと、足取りを緩めている。
理由は……、磨羯宮に足を踏み入れる直前で目配せし合った二人の視線が、答えを語っていた。
それは口に出して言うものではないと。


「こんばんは。お邪魔するよ。」
「メシは出来てンのか? 早く飲もうぜ。」
「……遅い。」


リビングに入ってきた二人に対し、この宮の主は不機嫌そのものの顔で不満を漏らした。
元より鋭く恐ろしい目付きを、キッと更に尖らせて、遅れた詫びすら告げぬ二人を、シュラはギロリと睨み付ける。
六時には来ると思って準備万端、待ち構えていたというのに腹立たしい。
言葉には出さずとも、その視線と表情が彼の不機嫌の大きさを物語っていた。


「悪ぃ、悪ぃ。ちっと執務が長引いちまって。しゃあねぇだろ、終わらなかったンだからよ。」
「途中で放置してくるワケにもいかなかったしね。」
「なら、何故、少し遅れると小宇宙で伝えてこなかった?」


そのくらいなら執務の手を止める事もなく、ものの数秒で伝えられるだろう。
不機嫌を少しも引っ込める事無く、シュラが更に零す。
だが、その理由ならば簡単に見当が付くだろうに。
デスマスクとアフロディーテは目を見合わせて肩を竦め、それから、シュラの背後に立っているアレックスを見遣った。


「な、何……?」
「いや、ほら。アレックスが虫にでも食われてやしないかと思って、ね。」
「虫? 虫なんて居ないわよ、こんな冬に。」
「そうかな? 結構、大きな虫もいると思うけどね。首筋辺りに食い付くような。」
「…………?」


思わず向けてしまった二人の視線に何かを感じ取ったのか。
警戒心を露わにしてビクビクと身を竦めるアレックスに、アフロディーテは極上の笑顔を浮かべ、ゆっくりと近付いた。
彼女自身をシュラへの誕生日プレゼントにしようとしていたなどという悪巧みを、ココにきて勘付かれてしまってはマズい。
アフロディーテはアレックスの気を逸らそうと、そのまま彼女をキッチンへと誘導した。


「……オイ、シュラ。」
「何だ?」
「テメェ、俺達の好意を無駄にしたンじゃねぇだろうな?」
「好意?」
「俺等が遅れて来た意味、分かってンだろ? オマエがアレックスとアレコレした後に、焦って身支度すンのも大変だと思って、ゆっくり来てやったンだぜ。」


そうかと一言、ボソリと呟いた後、それはすまない事をしたと続けたシュラ。
まさか本当に好意を無駄にして、アレックスに手を出さなかったのか?
デスマスクが目を見開くと、シュラの口の端には艶のある笑みが浮かぶ。


「これから、美味い飯と美味い酒が待っているのだろう? ならば美味いスイーツは、その食事が終わった後だ。俺は、極上のスイーツは時間を掛けてゆっくりと味わう主義でな。」
「オマエ……。」


薄ら浮かんだ笑みが、グッと深まる。
この飲み会の後、数時間後に待つ最高の時間、そこに至るまでの焦れと我慢までも楽しんでいるかの如くに見える、余裕の笑み。
それを見て、デスマスクの唇からは呆れの溜息が零れた。


「オマエ……。ホンットにムッツリな。」
「悪いか?」
「好きにしろ。」


アレックスも可哀想に。
この飲み会の間、美酒で程良く酒漬けにされた挙げ句、ずっと心の中でカウントダウンをされ続けるンだぜ。
山羊に食われるまでのカウントダウンを。
デスマスクはアレックスに同情しつつ、アフロディーテと話し込む彼女の姿を遠目に眺めた。





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