小さなティーテーブルに並ぶのは、たっぷりと四・五杯分は入る大きめのティーポットと、繊細で洒落た形のティーカップが二つ。
どちらもフォルムに拘りのある北欧食器だ。
そして、向かい合う二つのカップの間を埋めるように置かれた白い皿の上には、薔薇の花の形をしたチョコマドレーヌが二つ。
街歩きをしていた時――、多分、デパ地下を回っていた時に、こっそりと彼が買い込んでいた甘いスイーツ。


「これ、美味しい……。」
「良かった。キミに気に入ってもらえたようで。」


フォークを突き刺すと、ホロリと解けた花弁の間から現れるしっとりとした生地、滑らかな舌触り。
濃厚なチョコレートと、それに溶け込んだ芳醇なブランデーの味わいが、含んだ口の中いっぱいに広がって、食べた者を幸せな気持ちにさせる。
マドレーヌというよりもブラウニーに近い。
彼の目敏さは尊敬に値する。
長く日本に住んでいる自分よりも、こういうものを見逃さない目と敏感な嗅覚を持っている。
それは何処で培われたものなのかと、アレックスは思った。


「スイーツにまで鼻が利くなんて、聖闘士って凄いのね。」
「それ、嫌味のつもりかな? キミの嫌味なんて、嫌味にも聞こえないよ。」


毒を吐かれようが、嫌味を言われようが関係ない。
優雅に紅茶を啜り、優雅に薔薇のマドレーヌを口に運ぶ。
不機嫌さを奥に潜ませた笑みは絶やさないまま。


「うん、これは本当に美味しいね。蟹と山羊にも、土産に買っていこう。」
「蟹と山羊?」
「蟹座と山羊座の黄金聖闘士、私の同僚さ。ま、同僚と言うよりも、腐れ縁と言った方が当たってるかな。山羊座はキミも知っている男だよ。」
「……え?」


知っている?
だが、あの当時、彼は自分の周りにアレックス以外の人を寄せ付けなかった。
友人もいなかったし、家族の訪問もなかったし……。
そこまで考えてから、ふとアレックスの脳裏を過(ヨ)ぎったのは、もう一人の留学生の姿。
あまり注意して見ていなかったから顔は良く覚えてはいないが、背が高く体格の良いイケメンだった。
だが、地味で暗く、アフロディーテが華やかで目立っていた分、その人は殆ど人目を惹かなかった。
あの彼が彼と同じ黄金聖闘士だったのかとアレックスは思い返してみるが、やはり顔はハッキリと思い出せない。


「そうそう、アイツ。地味ってのは元からだけど、暗くて目立たないのは、あの時の仕事の関係上、そう見えるように装っていたのもある。普段なら、無意識にフェロモンを垂れ流して、無駄に女の子を惹き付けるような男だし。」
「お土産を買って帰る程、仲が良いとは思わなかったわ。」
「仲が良いとよりも、あれは悪友だな。付き合いが長いだけさ。」
「そう……。で、貴方はいつ帰るの?」


土産の話が出るという事は、彼がギリシャに戻る日も近いという事。
これだけ心も生活も乱され、振り回されて、更に、この先も同じ事が続くとなれば、とても身が持たない。
そうアレックスが思っていたところに、この話題。
散々、乱れに乱された気持ちも、一回限りの事だったと思えば、直ぐに元のリズムに戻れるだろう。
この二日間の事は、夢か幻だと思えば良い。


「明後日にはギリシャに戻るよ。女神が、沙織お嬢さんが聖域に一度、戻るそうだからね。」
「明後日、ね……。」


良かった、彼は帰ってくれる、私の傍から離れてくれる。
心の中で、ホッと安堵の息を吐くアレックス。
これで平穏になるのだ。
この二日の出来事は夢だったと割り切れるのだと思うと、アレックスの気持ちは軽くなっていくようだった。





- 19/31 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -