グラード財団の総帥である、その人は、数々の重圧を一人で背負っているとは思えない程に華奢で、そして、若く美しい少女だった。
だが、その瞳は、この巨大な財閥を牛耳るだけの強靭な意志を秘めた、強い輝きを帯びている。
その場の誰もが、少女の放つ圧倒的な存在感に気圧され、萎縮してしまっている中、ただ一人、アレックスの視線だけが、別の方向へと向いていた。
総帥の背後、寄り添うように立つ女性秘書の、その更に後ろ。
一定の距離を保ち、影のように付き従う男性の姿に、視線が釘付けになる。
いや、影と言うには、余りに目映い美しさを持っている人ではあるのだが……。


「……キミ、もしやアレックスか?」
「う、嘘……。本当にロディ、なの?」


目が合った刹那、見開かれた瞳。
そして、それまで総帥との間に取っていた一定の距離を崩し、彼はアレックスへと近寄ってくる。
昔と変わらぬ、いや、昔以上に魅惑的な美貌とスタイルを備えた姿で。


「驚いたな。キミ、この会社に勤めていたのか。留学期間を終えたら、フランスに戻るものだとばかり思っていたけれど。」
「日本は良い国よ。とても気に入ったわ。だから、卒業後も日本に残る事に決めたの。あの……、貴方は、どうして、ここに?」
「見ての通りさ。城戸沙織嬢のボディーガード。それが私の仕事だからね。」


ボディーガード?
確かに、彼は見目麗しい容貌とは裏腹に、背も高く、筋肉隆々であり、普通の男性よりは遙かに鍛え上げられた身体をしている。
だが、民俗学を学んでいた人が、しかも、留学してまでフランスの民俗を研究していた人が、まるで関係のない職種、日本人の少女のボディーガードという仕事を選ぶだなんて。
何を、どうしたら、そうなるのか、まるで想像が付かない。
アレックスは訝しげに眉を顰めた。


「アレックス君、ちょっと!」
「あ、はい。今、行きます。ごめんなさい、ロディ。」


部長に大声で手招きされ、彼と自分だけが切り取られていた世界から、急に引き摺り出された気がした。
ホッと息を吐いた瞬間に、止まっていた時間が流れ出す感覚。
まさか、こんなドラマみたいな展開が、現実に起こり得るだなんて。
ドキドキと早鐘を打つ胸を押さえ、アレックスは足早に部長の方へと向かう。
だが、未だ心は背後に控えているだろう彼が気になって仕方ない。


「お待たせ致しました。」
「遅いぞ、アレックス。呼んだら直ぐに来るように。」
「すみません……。」
「総帥、彼女が総合企画部のエース、アレックス君です。とても優秀な社員で、これまで大変評判の良い欧州からのツアー企画を幾つも立ててくれています。」
「まぁ、お若いのに素晴らしいですね。そんな貴女に、私から一つ、お願いがあるのです。」


差し出された紙を受け取り、アレックスはサッと目を通した。
日本人向けギリシャ旅行ツアーの企画。
これは、今まで自分が受け持ってきた仕事とは、全く逆の企画だ。
アレックスは目をパチクリとさせて、もう一度、その文面に目を走らせた。
これまで彼女が立ててきた企画は全て、あちら(欧州)から、こちら(日本)へと旅行客を誘致するものばかり。
日本から欧州への旅行の企画には、これまで携わった事がない。


「貴女はフランスの方と聞きましたが、日本で民俗学を学ばれて、日本人の気質や嗜好を良く理解されているそうですね。日本人を熟知した欧州人の貴女なら、日本人の喜ぶ欧州旅行を企画してくれると思い、今回の仕事をお願いしたのです。」
「分かりました。では、直ぐにギリシャ支社と連絡を取り、幾つかの企画を用意致します。」
「楽しみにしているわ、アレックスさん。」


総帥が立ち上がったのに合わせて、アレックスも席を立つ。
だが、立ち上がった瞬間、仕事にシフトしていた彼女の心が、再びグラリと揺れた。
少しだけ距離を置いて控えていた彼と、真っ向から視線がぶつかる。
刹那、アレックスの時間は、また動きを止めたのだった。





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