「そうだ、アイオロス。お前、まだ任務の報告が済んでいないのではなかったか?」
「あ、言われてみれば……。」


サガに言われて思い出す。
昨日まで携わっていた任務の報告書どころか、口頭での報告すらまだ終えていない。
しかし、今、執務室に戻ったならば、「休めといったろうが!」と、シオンに叱責される事は間違いない。
教皇は怒らせると非常に恐ろしいのである。
三十路近い教皇補佐の二人ですら怖れる程に。


「このまま人馬宮に戻ってしまえば、再び出てくるのは厳しいのではないか? だが、あまり報告が遅れると、それもまた怒りの種になりそうだ。」
「サガの言う通りだ。宮に戻って、数時間休んで、また教皇宮へ、となると、返って疲れ果ててしまうだろうな。さて、どうしたもんか……。」
「ならば、これをお前に貸そう。」
「ん?」


サガはアイオロスの目の前に、手にしていた重たげな鍵を翳して見せた。
アンティークなのか、細かな細工がなされた金属の鍵は、窓から差し込む夕方の光にキラリと鈍い輝きを放つ。


「それは?」
「この奥にあるゲストルームの鍵だ。私があまりに徹夜ばかりしているからな。女神が仮眠用に使って良いと、気を遣って下さったのだが……。あのような豪華な部屋、仮眠用に使うのは気が引ける。お陰で今でも仮眠室の狭いベッドとお友達だ。」
「まさか、その部屋を俺に使え、と?」
「嫌か? 彼女も一緒の事だし、丁度良いのではないか?」


アイオロスの腕の中で眠るアシュへ、サガがチラリと視線を送る。
その視線で、アイオロスはハッと気付いた。
サガの言う『丁度良い』の意味に……。


「お、お前まで、そのような事を言うのか、サガッ!」
「そのような事、だと? どういう意味だ?」
「そ、それは……。」


アイオロスの頭の中では、シュラに言われた「アシュを早く女にしてやってくれ。」との言葉がグルグルと巡っていた。
だが、それを口に出して説明するには危険過ぎた。
今は、その当事者であるアシュを腕に抱いている状態。
いつ彼女が目を覚ましてしまうか知れないのだ。


「兎に角、人馬宮に帰ってしまえば、出てこれなくなる可能性が高い。とやかく言ってないで、この部屋を使え。」


いつの間に、そこまで移動していたのだろう。
気が付けば二人、ゲストルームが並ぶ廊下の一角まで来ていた。
呆然とするアイオロスを傍目に、サガは手にしていた鍵で扉を開き、固まったままの友の背を押して、部屋の中へと押し込む。


「では、私は双児宮へ帰る。ゆっくり休めよ、アイオロス。」


ホテルのスイートルームかと見紛う豪華な部屋に、ただ口を開けて立ち尽くすアイオロスの横。
小さなテーブルの上に鍵を乗せると、サガはそっと部屋を出る。
そして、静かな教皇宮の廊下を足早に歩き去って行くサガの口元には、彼には目珍しい何処となく悪戯な笑みが浮んでいた。





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