バタバタと大きな足音を響かせて、アイオリアが磨羯宮を訪れたのは、それから一時間程経った頃だった。
すっかり読書に夢中になっていたアシュは、リビングの扉が開けられた『バンッ!』という大きな音で、ハッとして顔を上げた。
ドアを開けられるまで、特徴のあり過ぎるアイオリアの大きな足音にも気付かなかったなんて、どれだけ本に集中していたのだろう。
顔を上げた途端、開け放した扉の横に立つアイオリアと目が合って、アシュは子供のように夢中になって本を読んでいた事への恥ずかしさから顔を僅かに赤く染めた。


「あぁ、こっちにいたんだな、アシュ。」
「……え?」
「いや、人馬宮にいるかと思ってたんだ。だから、ココを通り抜けて、先に人馬宮へ行ったんだが、誰もいなくてな。」


どうやら空っぽの人馬宮を見て、慌てて引き返してきたらしいアイオリアは、苦笑しながらクセのある髪を掻き毟った。
僅かだが息が乱れている。
相当に急いで走ってきたらしい事が、その様子から窺えた。


「何か、急な用事でもあった?」
「急な用事というか、ちょっとだけアシュに頼みがあったんだ。聞いてくれるか?」
「アイオリアの頼みなら、喜んで。」


扉の横にいたアイオリアが部屋の中へと足を進め、アシュの横に座る。
自分よりもずっと座高の高いアイオリアを見上げて、アシュは小さく首を傾げて、言葉の続きを待った。


「そうか良かった。実は、今から急な任務で聖域の外に出なきゃいけない。他に任務に当たれそうな聖闘士がいなくてな。」
「そうなの? それは大変ね。」
「いや、サガに比べたら大した事はない。どうも何かトラブルがあったらしくて、執務室の中がパニックになっている。だが、こういう時に限って人手が足りなくてな。サガ一人で処理に当たっている状態だ。」


兎に角、てんてこ舞いだよと、苦い顔をしながらアイオリアが呟く。
サガが忙しいのはいつもの事だ。
そんな彼に対して、アイオリアが心配そうな顔をするという事は、想像を絶する混乱が起きているのだろうと、教皇宮への出入りをほとんどしないアシュにも見当が付いた。


「もしかして、猫の手も借りたい状況?」
「そうだな、その通りだ。で、教皇宮の文官や女官達も右往左往してる状態なもんだから、誰一人として余裕がないんだ。きっとサガは睡眠どころか、食事もしていないのだろう。」
「えっ?! そうなの?」
「多分な。ああなったら、そういう事は二の次にする男だ。だから、アシュに頼みだ。せめて食事くらいは摂らないと、サガの身体が持たないだろ? 誰も気付いていないようだからな。弁当でも作って、持って行って欲しいんだ。駄目か?」


アシュの顔を覗き込み、真剣な瞳を向けるアイオリアの頼みを断れる筈もない。
それ以前に、断る理由がない。
そういう状況ならば、自分も聖域の一員として手伝いをするのは当たり前だと、アシュは思った。


「分かったわ。何か食べ易いものを作って、無理矢理にでも、サガ様に食べさせれば良いのね。」
「ああ、そうだ。話が早くて助かるよ。」
「そういう事なら任せて。アイオリアは心配しないで、任務に向かってちょうだい。後は私が引き受けるから。」
「あぁ、頼んだ。」


用件が済むと直ぐに部屋から出て行くアイオリアを見送った後、アシュも急いでキッチンへと向かう。
冷蔵庫を開いて食材を確認すると、栄養価があって簡単に食べられる食事のメニューを頭の中で組み立て始めた。



→第11話へ続く


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