アイオロスとてアシュとそういう関係になる事を望んでいない訳ではない。
寧ろ、早く関係を持ちたいが故に、傍にいる間、必死に理性と戦っている。
だが、シュラの言い分を借りれば、恋人同士であれば理性と戦う必要など何処にもない筈。
アイオロスもアシュも、それを望んでいるのであれば、一刻も早くそうなるべきだと。


しかし、何とも悲しい事に、ここにきてアイオロスは自分の掛けた暗示に苦しんでいた。
目の前にいるアシュは『十三年前の明るく元気な可愛い少女』、そう自身に暗示を掛けて心の暴走を抑えてきた、交際する事になるまでは。
その暗示が今になって効いてくるとは、アイオロスにも計算外だった。


人馬宮の部屋の中、二人きりで寄り添い、甘く良い雰囲気になり、そのまま肩を抱いてソファーに押し倒せば――。


そこまで思った途端、アイオロスの心の中に浮ぶのは、十三年前の無垢な笑顔をしたアシュの姿。
これはアシュだ。
あの純真で穢れのない天使のようなアシュ。
その彼女を自分の下に組み敷いてしまうなど、そして、その清らかな全てを奪ってしまうなど、あってはいけない気がしてしまう。


迷った末に、いつもアイオロスの伸ばした手は、彼女に気付かれぬようそっと下ろされ、何事もなかったかのように元の会話に戻った。
嬉しそうに笑うアシュの笑顔を間近で見てしまうと、邪な考えを抱いた罪悪感に胸がチクチクと痛むのだ。


「無理だ……。だって、あのアシュだぞ。目に入れても痛くないくらい可愛かったアシュだぞ。お前も覚えているだろう、シュラ。あのお日様みたいな笑顔を。」
「覚えてはいるが、それは昔の話だ。今はもう立派な成人女性だぞ。アシュのあの姿を見れば、嫌という程、分かるだろうが。」
「分かっているさ。驚く程に魅惑的な女性になったからな、アシュは。だからこそ理性が……。」
「抑える必要はない。とっとと押し倒せ。」
「無理だ!」


シュラは諦めか呆れか、深い溜息を吐いた。
これ以上、この事を議論しても堂々巡りにしかならない。
そう判断し、何一つ進展の兆しがみえない不毛なだけの会話を打ち切る事にした。


その後、獅子宮にてアイオリアと合流し、いつものようにトレーニングへと向かう。
トレーニングをしている間、アシュの話が話題に登る事はなかったが、それでも、アイオロスの様子がいつもと違ってギクシャクとしていた。
流石のアイオリアも兄の微妙な態度に気付いてはいたが、その理由に全く心当たりの浮ばなかった彼は、首を小さく傾げる程度で終わった。


「起きているか?」
「あぁ、今日は任務があるんでね。」


トレーニングの帰りにシュラが立ち寄ったのは巨蟹宮。
何故か訳知り顔でニヤニヤしているデスマスクと向かい合うシュラは、いつもの変わらぬ仏頂面だ。
が、デスマスクにはシュラが激しく思案中であると分かっていた。


「すまんが力を貸せ。」
「ヤツ等の事か? だったら、頼むンなら俺よかアイツの方がイイんじゃね?」
「アイツ、だと?」
「そうそう。上手い事、取り計らってくれると思うがな。何せ俺等は、散々扱き使われた身だからなぁ。少しぐらいの頼みなら、聞いてくれンだろ。」
「そうか、『彼』なら確かに、向いているかもしれんな。」


巨蟹宮にシュラを置いて、既に階段を上って行ったアイオロスの姿を視線で追って、十二宮を見上げたシュラは、一人、納得したように何度も頷いていた。



→第10話へ続く


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