4.恋する英雄



教皇宮、執務室。
遠くから正午を告げる鐘の音が響き、それまで黙々と仕事をこなしていた者達がゾロゾロと部屋を出て行く中、正面のデスクに座った二人は、そのまま立ち上がる事なく、執務を続けていた。


「はあぁぁぁあ……。」
「そんなにデカい溜息など吐いても、書類の量は減らんぞ、アイオロス。」


それまで休みなくペンを走らせていた手をピタリと止めて、突然、大きな溜息を吐いたアイオロス。
直ぐ隣の席に座り、同じくペンを走らせていたサガは、その手を止めるどころか、アイオロスの方を振り向きもせずに冷たく言い放った。


「別に俺は仕事が嫌だとか、そんな事は言ってない。」
「では、何だ? 一時間前も、二時間前も、同じようにいきなり手を止めて、そうやって大きな溜息を吐いたではないか?」
「それは、だな……。」


何かを言いたいのか、言いたくないのか、ゴニョゴニョと言葉尻を濁すアイオロスに、サガは今度こそ手を止めて、しっかりと彼の方へと向き直る。
と、視界に入ったのは、手元の書類に向かってブツブツと言葉にならない言葉を吐き続けるアイオロスの姿。
それはどこか滑稽で、サガは喉の奥から込み上げてくる笑いを堪えられなかった。


「ふっ、情けないものだな。聖域の英雄と呼ばれる男が、随分と頼りないものだ。」
「お前だって、溜息の一つや二つ、吐きたくなる時もあるだろう?」
「私は好きな女が出来たからといって、溜息など吐いたりはせんぞ。」
「っ?!」


その言葉に、アイオロスはそれまでジッと見つめていた書類から目を上げ、驚いた顔をしてサガの方を振り返った。
すると、サガは訳知り顔でこちらを見ている。
薄く浮んだ笑みは、これがデスマスクだったなら間違いなく『ニヤリ』としていただろう、何かを含んだ笑みだ。


「何で知っている? とでも、言いたげな顔だな、アイオロス。」
「言いたげというか、そのまま聞きたい。何で知っている、サガ?」
「お前は分かり易いんだ。ひと目で分かる。磨羯宮にいる、あの美人の女官だろう? 確かシュラの親戚とかいう、あの子だ。」
「いや、それは……。」


実際のところ、アシュはシュラの親戚でも何でもない。
あの事件でアイオロスがいなくなった後、彼女を引き取る時、色々と誤魔化すために言った、いわば口実だった。
アシュがアイオロスに近しい者であると知れないための、それはシュラが吐いた配慮の嘘。
だが、それを今、サガに正したところで、ただ混乱させるだけだろうと瞬時に判断し、アイオロスは口を噤む。
代わりに、もう一度、大きな溜息を吐いた。


「そんなに分かり易いのか、俺って……。」
「そんな風に、仕事に手が付かなくなるくらい彼女の事が好きだと言うのなら、とっとと告白でも何でもして、恋人にしてしまえば良いものを。ウジウジ悩んでいるなど、全くお前らしくもない。」
「そう簡単に言ってくれるな。アシュはな、難しいんだよ、色々と。」


好きだと言ってしまうのは簡単だ。
だが、ただ伝えるだけでは足りない。
アシュの心が欲しい。
いや、心だけではなく、彼女の全てが欲しい。
だから、伝えるだけでは足りないのだ。
アシュが『イエス』と言ってくれなければ、何の意味もない。





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