「やっぱりロスにぃは『ロスにぃ』だわ。私の方がピンとこないもの。」
「じゃあ、ピンとくるようになるまで、何度でも呼んでくれれば良いさ。ロスってね。」
「でも、う〜ん……。シュラと違って、ロスにぃの事は、ずっと『ロスにぃ』って呼んでたし、いきなり変えろと言われても……。」
「ずっと?」


浮かべていた笑みをスッと消して、真剣な目でアシュを見つめるアイオロス。
心持ち身を乗り出して、その小さな顔を覗き込むように。
すると益々、恥ずかしそうに俯く度合いを深めるアシュの仕草に、アイオロスの心はトクンと揺れる。
こういう可憐で初心で、思わず抱き締めて腕の中に閉じ込めたくなるような女性がタイプだったんだな、自分は。
そんな事を改めて心の奥で思いながら、アイオロスは飽きる事なくアシュの赤い顔を見つめた。


「勿論、ずっとよ。ロスにぃの事を、一度たりとも忘れた事なんてなかった。『今年も冬が来たよ。』とか、『もう直ぐ春が来るわ。』とか、いつも心の中でロスにぃに話し掛けてた。ロスにぃの誕生日には、一人でこっそりとお祝いした。自分の誕生日の時だって……。」
「アシュの誕生日も?」
「うん。私の誕生日にもね、『今年で何歳になったんだよ。』とか心の中で話し掛けては、ロスにぃに祝って貰ってるような気分になったりして……。やだ、私って妄想癖なのかな。」


そう言って、今まで以上に顔を真っ赤に染めたアシュは、慌てて立ち上がり席を離れようとする。
話の当人であるアイオロスと向かい合っているのが恥ずかしくなって、逃げ出そうとしたのだろう。
クルリと向けられた小さな背中に、アイオロスは思わず自分も立ち上がり、目にも留まらぬ速さで、その細い手首をしっかりと掴んで、彼女を引き止めていた。
理由なんてない条件反射だ、気が付いたら手を伸ばして掴んでいた。


「ロス……、にぃ?」
「あ、いや、その……。ありがとう、アシュ。反逆者と言われていた俺の誕生日を祝ってくれてた人が、この聖域の中にいたなんてな。」
「祝っていたのは私だけじゃないわ。アイオリアもシュラも、きっと心の中でお祝いしてた。それを表立って見せる事は出来なかったけれど……。」
「そうか、そうなんだな……。」


気持ち的には、このまま腕を強く引いてギュッと抱き締めてしまいたかった。
だが、そうすればアシュを激しく混乱させるだろう事は分かっている。
未だ自分を『兄』と呼ぶ彼女だ、いきなりそのような行動を取られても受け入れるのは難しいに違いない。


そう心に言い聞かせ、自分の中で渦巻く衝動をグッと抑えたアイオロスは、アシュの手を掴んだのとは反対の手を伸ばして、彼女の髪に触れる。
そっと触れて、優しく優しく撫でた。
まるで十三年前、幼い子供だった頃のアシュにそうしたように、愛しい想いをいっぱいに籠めて撫でた。


「ロスにぃは変わらないね。見た目もだけど、手の大きさも、優しさも。でも……。」
「ん、でも?」
「でも、昔よりずっと格好良くなった、素敵になったわ……。それって、ちょっと反則。」


そう小さく呟いた後、アイオロスの手から逃れたアシュは、足早にキッチンへと消えていく。
彼女の言った言葉の意味が良く飲み込めず、アイオロスはアシュの姿が消えたキッチンの入口を、ただ呆然と眺めていた。



→第4話へ続く


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