3.手探りの距離



今、目の前にいるのは、十三年前まで共にこの人馬宮で暮らしていた少女だ。
いつも明るく無邪気で、天真爛漫で我が侭で、天使のようで小悪魔のような女の子。
大きな瞳で可愛らしく見上げて笑い掛けてきたり、時にはプックリとした頬を膨らませてプリプリと怒ってみたり。
家族とも妹とも思っていた、可愛らしくて幼い、そんな愛くるしい少女。


アイオロスは、そう自分に言い聞かせながら、テーブルを挟んで向かい側、慣れた手付きで優雅に朝の紅茶の準備をするアシュの華奢な手を見つめていた。
その手の甲の白さは、ゆっくりとカップに向けて傾ける真っ白なティーポットと同じくらい白く、どちらが陶磁器なのかと見紛う程の滑らかさ。
あの肌はどんなにかスベスベとしてしるのだろう、是非、触ってみたいものだなどと、不埒な事を思いながら、アイオロスは思わずスッと顔を上げてしまった。


そして、またやってしまったと、アイオロスはいつもの事ながら、心の中で溜息を吐きつつ後悔した。
ひと度、視線をホンの少し上へと向けてしまえば、先程まで自分の心へと執拗に言い聞かせていた少女の面影は、視界からも心の中からも跡形もなく消え去ってしまう。
代わりにアイオロスの深い蒼の瞳を捉えて離さないのは、優雅な仕草で紅茶を注ぐアシュの、柔らかな微笑を浮かべた目も眩むばかりの美貌。
その姿に視界を奪われたが最後、瞬きする事も忘れて見惚れてしまう、何らかのきっかけを与えられるまでは。


「――スにぃ。」
「……。」
「ロスにぃ?」
「……へ? あ、あぁ。何だ、アシュ?」
「紅茶、温かいうちに、どうぞ。」
「あぁ、ありがとう。」


夢中になって見つめていたあまり、名前を呼ばれている事にすら気が付かなかった。
いや、アシュの唇が動いていたのは知っていた。
が、その唇の艶やかさに目を奪われ、耳が『音を聞く』という正常な機能を果たしていなかった。


病気だな、俺は……。


アイオロスは心の中で自嘲的な苦笑いを浮かべ、自分自身でも、まるでコントロール出来ない心の動きに、酷く困惑していた。
アシュの一挙手一投足、何を言っても、何をしても、その全てに釘付けになり魅入られてしまうのだ。
彼女の存在全てに心惹かれて、モヤモヤとした想いに心が囚われてしまう。
そして、身体の奥がどうにもムズムズとしてきて、何だか居ても立ってもいられない気分になってしまうのはどうしようもなくて。
やはり、大人として完成されてしまった身体は居心地が悪いと、アイオロスは思うようにならない自分自身を、突然に二十七歳になってしまった身体のせいにしていた。





- 1/3 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -