アフロディーテ様の唇から零れたのは、諦めの溜息か、呆れの溜息か。
判断がつかなくて、私はただ目の前の彼を見上げた。
窓から差し込む陽の光で、その柔らかな水色の髪が透けている。


「用意してないんじゃ仕方ない。チョコレートは諦めたから、せめて今からのティータイムは、私に付き合ってもらうよ。良いね、アミリア。」
「は、はぁ……。」
「そうだ。ただのティーソーダじゃつまらない。アルコールで割った紅茶の方が、きっと美味しいよ。うん、そうしよう。」


こんな真昼間から、アルコール?
普段なら、まだまだお仕事の最中だ。
実際、他の皆は教皇宮で仕事中、今もせわしなく働いている頃だろう。
それを思うと、何だか不謹慎のような気がする。


「休みなのだから関係ない。それに、そう思うと余計に楽しいと思わないか? 皆が働いている時間に、こっちは優雅に美しい薔薇を観賞しながら、美味しいお酒を口にする。そして横には、とても素敵な女性が一人。これでキミからのチョコレートがあれば、完璧だったんだけどね。」
「すみません……。」


本日、二度目の謝罪の言葉。
こんな時のために、自分用にでも用意しておけば良かった。
そんな事さえ思い付かなかったなんて、本当に私の女子力は雑兵以下だわ。
かと言って、アフロディーテ様に自分用のチョコを渡すなんて、失礼にも程があるのだけど。


「まぁ、良い。さぁ、アミリア。行こう。」


アフロディーテ様に再び手を引かれ、外へ出る。
思っていた以上に外は肌寒く、身体はブルリと震えたが、そのせいか、先程よりも一層、彼の手の熱さが強く意識された。
一般人居住区から双魚宮までの道のり、ずっと繋いだままだった手が発火しそうな程に内側から熱を帯びていく。
長く繋いでいたからか、手だけに収まらなくなった熱が身体まで侵食し、気付けば全身が燃えるような熱さに包まれていた。


どうしよう。
さっきとは比にならない程に、視界がぼやける。
熱さで思考も上手く働かない。


「着いたよ。さぁ、どうする?」
「……え?」


どうするって、何が?
これから、飲み干したあのティーソーダの代わりに、アフロディーテ様が美味しいお茶を用意してくれるんじゃなかったの?


「コッチに行けば、テラスから私の薔薇園に出れる。でも、コッチならば寝室がある。さぁ、どっちを取る?」
「しん、しつ……?」


彼が開いた訳ではない、初めから意識的に大きく開かれていた寝室の扉。
そこから見えるのは、真っ白なベッドと、淡いクリーム色をした柔らかそうな寝具だった。
上手く働かない意識で、暫し呆然とその部屋の中を見つめる。
赤い薔薇と白いベッド、どっちを取るって、どういう事?


刹那、ハタと思考が拓けた。
あぁ、そうだわ。
真昼間からのアルコールなんて目じゃない程に、不謹慎な世界へと連れて行かれようとしているのだ。
その衝撃は、熱いなんて言葉では言い表せない激しさで、私の全身を駆け巡った。



真昼の密会



「やっぱり、コッチかな。もう、身体中が熱くて堪えられないだろう?」
「あ……。」


アフロディーテ様の熱く燃える手に導かれ、薔薇園の見える窓が次第に遠くなっていく。
次の瞬間、視界に霞んだ薔薇達の赤い色が、パタンと閉じた白い扉によって遮られてしまった。
そして、これから訪れるのは、チョコレートよりも甘く芳醇な情事の時間。



‐end‐



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