色彩の雨に埋もれ



窓の外には重い雲が立ち込め、灰色の空が延々と続いていた。
霧のような細かな雨が降り注ぎ、広大な薔薇園に咲く沢山の花達も、寒さに濡れた身体を震わせているかのように小さく揺れている。
そんな驟雨(シュウウ)が包み込む双魚宮の中。
私は視線を寒々と暗い窓の外から、白く暖かな部屋の中へと戻した。


目の前にあるのは私の手。
そして、上向きに重ねたその両手の上には、山のように盛られた色とりどりの薔薇の花弁。
赤、桃、黄、白……。
少しでも手や身体を動かせば、ハラハラと零れ落ちてしまうくらい、たっぷりと手の上に盛られたそれは、カラフルな壁となって私の正面にいる人の姿を隠していた。


「ほら、アイリス。いつでも良いよ。」


花弁の山の向こうから聞こえる、楽しげな声。
それに呼応して、私は大きく息を吸い込む。
吸って吸って吸って、これ以上は入らない程に空気を吸い込んで。
そして、一旦、息を止めた後、吸った空気全部を勢い良く一気に吹いた。


――フワアァァ!!


私の息に吹かれて、手の上に盛られていた薔薇の花弁が、フラワーシャワーの如く舞い上がる。
鮮やかな色彩が部屋に広がり、単色だった視界が華やかな雨に飾られて。
私は息をするのも忘れて、その美しさに見惚れていた。


「どう、満足した?」
「うん、想像以上に綺麗で……、素敵。」


薔薇の雨がゆっくりと落ちていく中、その雨の向こう側で微笑むアフロディーテの姿が次第にはっきりと浮かび上がる。
私が降らせた花弁の雨は、彼の水色の髪や、白い服の肩に降り注ぎ、アチコチに貼り付いていた。
それは色彩のアクセントとなって彼の美しさを際立たせ、穏やかな微笑のスパイスとなって引き立てる。
そんなにも沢山、花弁がくっ付いていたら鬱陶しいだろうに、でも、彼はそれを払おうともせず、そのままの姿で笑っていた。


「ありがとう、アフロディーテ。一度、やってみたかったの。」
「お気に召したようで、何よりだ。こんな事で良かったら、いつでもどうぞ。」
「でも、部屋、汚れちゃったね。」


一時の興奮が止んだ部屋の中を見回せば、白い床に散乱する無数の花弁。
嵐の後の静けさというか、祭りの後の虚しさというか、ふざけたお遊びの残骸で、折角の白い床が花弁だらけになっている。
楽しかった時が過ぎれば、その後片付けをせねばいけないのは、何処も同じ事。
この部屋中に散らばった花弁を掃除する事を思うと、僅かながらの溜息が零れた。


「別に、汚れてなどいないじゃないか。」
「でも、花弁が……。」
「ココは双魚宮だよ。私の部屋の中に薔薇の花弁が散乱していたところで、何もおかしくはないだろう? それに……。」


しゃがみ込み、床に散らばった花弁を掬い上げていた私に、意味深な視線を向けるアフロディーテ。
穏やかな微笑から、不意に変わった深い瞳の奥に揺らめくもの。
そこにゾクリとした熱を感じて、私はただ息を呑み、黙って彼を見つめているしか出来なかった。


「アイリスのお願いを聞いて上げたから、今度は私の願いを聞いてくれるね?」
「な、に……?」
「私も一度、してみたかった事があるんだ。」


アフロディーテはテーブルの上に置いてあった、小さな籠を手に取った。
その中には、さっき私が使ったよりも遥かに沢山の薔薇の花弁が盛られている。
彼がそれを思い切り空中に向けて振ると、先程とは比にならないくらいの花雨が降り注ぎ、カラフルな霧が視界を遮った。
そのあまりの華やかさに目眩がする。


「薔薇の花弁に埋もれて、愛を交わすというのも素敵だろう?」
「あ……。」


いつの間に抱き上げられていたのか?
アフロディーテの腕の中、耳元に囁かれた声にハッとする。
視線の先には赤、桃、黄、白、幾色もの花弁が敷き詰められた真っ白な革張りのソファー。
そっと横たえられ、二人、折り重なるように花弁の寝具に埋もれれば、夢か現(ウツツ)か、その区別さえ付かなくなっていた。



素肌に触れる花弁さえも、貴方の愛撫に感じられて



だが、触れる唇と肌の熱さは現実のもの。
動く度にカサカサと肌に纏わり付く花弁に包まれ、この幻のような空間で情熱の波に沈んでいけば。
身体には彼の艶やかな唇がくれる鮮やかな花弁が、幾つも幾つも刻み込まれていった。



‐end‐





相互のA様宅一周年記念として書いた、お魚様小話です。
こんなお粗末なものでも宜しければ、どうぞお持ち下さい。
これからもお魚さんをはじめ、素敵な黄金ズを期待しております。

2008.11.23



- 1/1 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -