海底楽園



ずっと夢を見ているような気がしていた。
だって、私は一度、死んでいる筈だから――。


船の事故に遭った私が、粉々に砕けた船体の残骸と共に、広い大西洋の荒海に投げ出されたのは、もう十年も前の事。
私はその時、確かに死んだ筈なのに、夢の中では、この美しい海の底の世界に落ちていた。


それから、この海底世界で暮らす人達と一緒に生活を始めて数年、私は神殿で働く女官となった。
これが例え夢であったとしても、人間だもの。
お腹もすくし、眠たくもなる訳で、その全てを満たすためには、働かなければいけなくて。
何もしなければ、生きていけない、そういう状況下にあったから。


そして、砂粒程の小さな奇跡、偶然の偶然、そのまた偶然の結果、何故か私は海将軍様の一人に見初められた。
しかも、それが海将軍筆頭の海龍様だったのだから、やはりこれは長い夢なのだと、そう自分の心に言い聞かせる以外、現実を受け入れるのは難しかった。


「何をしている、こんなトコロでぼんやりと。」
「あ、カノン……。」


ぼんやりと考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか、海界の外れまで来ていたらしい。
辺りに人の気配はなく、頭上で揺れる海のグラデーションだけが、寂しげに輝いている。


長い夢は、まだ覚めていなかった。
いつか終わりが来るだろうと思っていたのに、夢は終わりそうで、なかなか終焉には至らなかった。


聖闘士との争いが起きて、この海底世界の全てが一度、崩壊した時も。
カノンが聖域に戻って、別の戦いへと身を投じた時も、まだ夢は覚めなくて。
それどころか、全ての戦いが終わって暫く後、いつもの不貞腐れた仏頂面をしたカノンが私を迎えに来た時点で、夢は延長戦に突入したと言って良かった。


『海界に戻るぞ、アミリ。』


あの時のカノンのその一言で、私の夢は終わりを知らないのだろうと悟った。
ずっとずっと終わりなき夢の中で、私はこの不器用な人を支えて生きていくんだと、そう感じていた。


「勝手にいなくなるなと言っただろう。お前は子供か?」
「だって、気付いたらココまで来てたんだもの。こんなトコまで、来る気なんてなかったのに。」
「考え事がしたいなら、部屋の中でも出来るだろうが。何故、わざわざ外に出る必要がある?」
「ずっと部屋の中にいたら窒息しそうよ。少しは外の空気を吸わないとリラックスも出来ないわ。」


空が見たかった。
だが、海底世界に住んでる以上は、それは叶わない願いだと知っている。
だから、せめて遠く太陽の光を透過して輝く、頭上の海を眺めていたかった。
私から世界を奪った、美しくも残酷な海。
それを見上げて、私は知るのだ。
この隔離され閉鎖された海底世界だからこそ、覚めない夢の楽園に溺れていられるのだ、と。





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