些細でいて大きな願い



頭上にゆらめく海を、言葉もなくぼんやりと眺めていた。
今日はココまで、この海底世界まで届く光の量が少ない。
ユラユラとゆらめく波の幅も大きい。
きっと今日の地上は天気が悪いのだろう、強風か、それとも雨降りか……。


「何をしている、アミリ?」
「見れば分かるでしょう、考え事。」
「考え事だと? 俺にはボヤッとしてるようにしか見えなかったが。」
「だったら、何をしてるかなんて聞かなきゃ良いのに。」


いつもなら「ボケッとするな。」と言って、問答無用に私の頭を小突くのだから、それを思えば、今日は明らかに私が考え事をしてるって分かってての言葉だ。
それでいて、こういう言い方をするのは、カノンらしい不器用さ故なのだろう。
それが証拠に、ストンと軽やかに私の横へ腰を下ろすと、伸ばした手で髪をグシャグシャッと撫でてきた。
私の顔も見ずに、ぶっきら棒な態度を取る時は、そう。
言いたい事があるならハッキリ言えと、暗に示しているから。


「……泳ぎたいな、って思って。」
「こんな海の中に居て、か?」
「海の中に居るからよ。海はいつでも頭の上に見えているけど、私が泳げる場所は何処にもないもの。」
「まぁ、確かにな。」


二人並んで北大西洋の柱の前に座り込み、淡々と続けるお喋り。
頭上の海は、波の揺れを次第に大きくさせていた。
最後に海で泳いだのは、いつだったか。
私が、この海底世界に来てから、随分と時が経っていた。


「……アミリ。」
「何?」
「今度、地上に行くか?」
「地上? だって、カノン。嫌なんでしょ? 仲間と顔合わせ難いって言ってたじゃない。」


言えば、その端正な横顔に浮かぶ、小さな顰め面。
誰の事を思い起こしてか。
多分、彼自身と血を分けた、双子のお兄さんの事だろう。


「別に、ちょっと泳ぎに行くだけなら、奴等と顔を合わせる事もあるまい。」
「わざわざ地上に行って、皆の顔も見ないで戻ってくるの?」
「バカンスなら、聖域に顔を出す必要などない。違うか?」
「さぁ、それは……。」


ずっと、この海底世界に引き籠もっていた彼が、私の細やかな願いのために、行動を起こそうとしてくれている。
皆に合わせる顔がないと、ずっとずっと避けてきた事。
海界の復興が最優先だと理由を付けて、決して地上に戻ろうとしなかった人が、こんな事を言い出すなんて。


でも、本当は彼も戻りたいと思っていたのかもしれない。
これもまた理由を付けて、そうなる事が実現出来ればと望んでいたとしたら……。


「じゃ、カノン。私も一緒に行って上げるから、お兄さんのトコ、挨拶しに寄ろうか。」
「は? 何を言ってる? 俺はアミリが泳ぎたいと言ったから、それを叶えてやろうとしたまでだ。」
「はいはい、分かってますって。でも、折角、地上まで行くのだから、泳ぐだけじゃ勿体ないでしょ?」
「勿体ないの意味が分からん。」


ふわり。
そっぽを向いたカノンの長い髪が、海界の重い空気の中でゆっくりと揺れた。
不貞腐れた彼は子供のようだけれど、本当は私よりもずっと大人だと知っている。
きっと何だかんだ文句を言いながらも、最終的には私の言い分を飲んでくれるだろうから。


そんな彼が愛しく、誰よりも愛しく。
背けられたままの横顔に唇を寄せ、そっと頬にキスを落とした。



私の小さな願い、貴方の大きな想い



ずっとずっと傍にいるから。
貴方が何処にいようとも、私は傍にいるからね、カノン。



‐end‐





数日前が双子誕だったので、ちょっとカノンでも書いてみようと思ったら撃沈しました。
そして、相変わらずサガは書けません、苦手意識がヒド過ぎorz
でも『大人で子供な』っていうなら、実はカノンよりサガの方がその傾向が強いんじゃないかと思ってます。
実際、一番の大人で子供な人はロス兄さんだと信じてますけどねw

2013.06.02



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