季節外れの恋模様



薄く薄く、澄んだ青空を覆った白雲が、紗のベールのように太陽の日差しを和らげている午後の部屋で。
俺はボンヤリと窓の方を眺めていた。
見ているのは窓の外の景色ではなく、窓の縁から下げられたガラス細工。
チリチリと淡く、耳には優しく、決して主張しない程度に心地良い音を響かせている『ソレ』は、二ヶ月前にアリナーがその場所へ括り付けていったものだった。


何をやっても上手くいかない、何もかもが空回り。
その頃、何事に対しても巡りが悪く、不運続きで、常に苛立っていた俺を見かねて、アリナーが獅子宮の部屋に持ち込んだのだ。
日常生活からリラックス出来ていないと、執務も任務も上手くいかなくなるわよと、そう言って。
そして、そのチリチリと耳の奥深くまで風を運んでくるような音は、暑い夏の最中でも、俺の心に落ち着きを与えてくれるようになっていた。


「まだ下げた儘にしているのね、それ。」
「……ん?」


颯爽と現れたアリナーは、テーブルに突っ伏して窓を見上げていた俺の前に、抱えてきた書類をドサリと置くと、クスクスと小さく笑った。
顔の直ぐ横にある書類の端を掴み、ピラリと捲る俺の目に映るのは、真っ白な報告用紙に貼られた様々なサイズ、色、質感の紙切れ。
昨日までの任務で持ち帰った大量の領収書を何とかして欲しいとの俺の頼みに、彼女は嫌な顔一つ見せず整理して纏めてくれていたのだ。


「それよ、風鈴。もう夏も終わったっていうのに、季節外れじゃない?」
「……そうか? まだ十分に暑いし、夏が終わったという感じはしないんだが。」


というか、風鈴って夏だけのものなのだな。
そう独りごちたつもりだったが、目聡く、いや、耳聡く聞き留めたアリナーは、またクスリと笑った。
蒸し暑い日本の夏で、少しでも暑さを和らげるためにと、耳からの涼を取り入れたのが、この風鈴。
真夏の青い空、照り付ける日差し、暑さの籠もる空気の中で聞く、チリンチリンと微かに鳴り響く風鈴の音。
それが日本でいうところの『風流』というものらしい。


「もう外すね。時季外れでおかしいもの。」
「いや……。もう少し、そのままで……。」


既に窓の下へと椅子を動かしていたアリナーが、疑問符を浮かべた顔でコチラを見遣る。
突っ伏していた上体を、やっとモソモソと起き上がらせて、俺は乱れた髪を更にグシャッと掻き毟った。


「風が冷たくなるまでは、そのままでも良いだろう。それに……。」
「それに?」
「その音、落ち着くんだ。」


耳に心地良い鈴音に、心も静かに落ち着いていくのが分かる。
あの時、あんなに苛立っていたのが嘘のように、この音のお陰で、今の俺は穏やかに過ごせていた。


「分かった。窓を開けずに過ごせるようになるまでは、このままにしておくわね。」
「すまん、アリナー。」
「いえいえ。アイオリアが居心地良くいられるなら、それが一番だもの。」


そう言って、今度はクシャリと破顔するアリナー。
油断していたところに、その全開の笑顔は反則じゃないのか。
思わず目を奪われてしまった眩しい程の笑顔に、俺は改めて自覚する。
やはり自分はアリナーの事が好きなのだ、と……。


「変なの、ボーッとしちゃって。何だかアイオリアらしくないわ。」
「失礼だな。俺だってボーッとする事くらいはある。」
「それはそれは失礼致しました。」


おどけたように舌を小さく出し、アリナーは肩を竦めてから、手早く椅子を元の場所へ戻す。
そして、そのまま身を翻し、キッチンへと姿を消した。
きっと直ぐに戻ってくるのだろう、グラスに冷たい飲み物と、俺が任務先で買ってきたクッキーを、皿に山盛りにして。
それまでに、この胸の奥から込み上げてくる溜息を、止めておかなければならないな。
決して不快でも、不満でも、不安でもない、この甘ったるい溜息を。
彼女に、そうと気付かれる前に……。



あれです、恋煩いです



‐end‐



お題配布元:
「確かに恋だった」




ちょっと原点に戻ろうと思って(最近の文章が余りにグダグダ続きなので)、お題をお借りして、もそもそネタを練ってみました。
淡い恋心と、モヤモヤ感と、清々しさという、全くの別物を、何とか上手く一つに纏められないかと無理矢理に捏ねてみたら、結局、いつものグダグダ文章になって撃沈したとか言います(苦笑)

2016.09.27




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