貴方と一緒に茉莉花茶を



「変わった匂いがするな。」


涼やかな風が吹くテラスで、パラパラと雑誌を捲っていた私は、不意に上から降ってきた言葉に顔を上げた。
見上げた先にあったのは、いつも程ではないけれど、軽く眉間に皺の寄ったアイオリアの顔。
どうして、この人は常に厳しい顔をしているのだろう。
こうしてプライベートな空間に居る間くらいは、気を緩めたって良いのにと思いつつ、私は首を傾げた。
彼の言った『匂い』とは、何の事やら分からなかったから。


「そのお茶だ。」
「あぁ、これね。」


ガタリ、向かい側の椅子を引きながら、彼が指を差したのは、金属の持ち手が付いたガラス製の細長いカップ。
その中では、ユラユラと花を開かせた茶葉が、淡い黄金色のお茶の中で揺らめき漂っていた。
紅茶や緑茶、世界には幾種類ものお茶があるけれど、こういう細工は珍しい。


「頂きもののジャスミン茶なの。綺麗でしょう。」
「あぁ、中国のお茶か。そういえば、以前、天秤宮で老師に勧められた事があったな。」


記憶を呼び覚まそうとしているのか、遠く森の向こうの山の端へと視線を遣ったアイオリアを後目に、私はティーポットを手に取った。
遅かれ早かれアイオリアもテラスに姿を現すだろうと、あらかじめ多く用意していたガラスのカップに注ぐ。
ふわり、立ち上った温かな湯気。
ホンの少しだけ冷たさの残る夕方の風に吹かれ、その香りは柔らかに鼻孔を擽った。


「知らなかった。アリナーがジャスミン茶を好きだなんて。」
「別に好きって訳じゃないけれど……。」


本当はコーヒーの方が好き。
それはアイオリアも知っている筈。
でも、たまに、こうして普段とは違ったものを口にすると、気分が変わるというか、不思議とリラックスが出来たりする。
そして、いつもと違うひと時を味わえたりして、そんな特別感が魅力的だった。


特に今日、この夕方の時間帯には、ピッタリと合っていた。
温かで柔らかな味わいと、優雅で上品な香りと、夕陽を映した黄金色のお茶が白いテーブルに作り出す波模様は、心をときめかせる感覚を私に与えてくれる。
まるで異国のリゾート地にでも居るような、見知らぬアジアのエキゾチックで心躍る風景が、目の前に開かれていくような、そんな素敵な感覚を。


「特別な時間、か……。」
「アイオリアには理解出来ない?」
「理解出来ないというよりも……、腹が減ってきた。」
「……え?」
「昔、老師が、このお茶と一緒に出してくれた肉まんの味が、脳内に甦ってきたんだ。そしたら急にな、腹が減って……。」


言うが早いか、グウゥゥッと大きな音が響く。
それは風に乗って運ばれて、宮の外まで、十二宮の階段を行き来する人達の耳にも届くかというくらいに高らかに鳴り渡った。


「アイオリアったら、もう……。」
「仕方ないだろう。昼飯の後は、候補生達の訓練。それから自身の修練とランニング、それにストレッチ。腹が減るのも当然だ。それにな。俺にとっては、こんなお茶よりも、アリナーが作る夕飯の方が、ずっと魅力的だ。」


夕方の空の下、僅かに冷めたジャスミン茶を一気に煽る。
その仕草が、折角の異国情緒溢れる魅惑的な雰囲気を、一気に吹き飛ばしてしまうくらいに豪快で。
私は一瞬だけ呆気に取られた後、込み上げてくる笑いを止められなかった。


そうだ、これがアイオリアなのだわ。
そこに居るだけで、いつもほっこり和ませてくれる人。
特別な時間なんていらない、特別な景色も、特別な時間も。
彼が居てくれれば、それだけで私は誰よりも幸せなのだから。



柔らかな香りに包まれて
何よりも温かな彼の人柄



‐end‐





突発的あいおりゃーですw
空気の読めない正直さで、折角の素敵な雰囲気をブチ壊してくれそうな彼ですが(苦笑)、そんなところが魅力というか、可愛い男性なんだろうと思ったり何だりした訳ですw

2014.05.20



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