惜別の時に、一条の光を



行かないで。
振り絞った声が、やっと吐き出した一言だった。
白く清廉なマントが、ホンの僅か、ビクリと揺れる。
だけど、返ってきたのも一言。
それは出来ないと、振り返りもせずに告げられた、その冷たい背中に。


「どうして……。」


分かっている。
そんな事、分かり切っているのに。
思わず、引き留めの言葉を口にしてしまう。
そうしないと、そこで全てが終わってしまうから。
この時を少しでも良い、引き延ばしたかった。


「どうして、アイオリアが行かなきゃならないの? どうして貴方が……。」
「俺が戦うのは聖闘士だからだ。守るために戦うのが、聖闘士の本分。当然の事だ。」
「聖闘士だからって、愛と平和のために命を投げ出さなきゃならないの? アイオリアが犠牲になる必要が何処にあるの?」
「俺は犠牲になる気など微塵もない。戦いが使命だと言ってるんだ。俺が戦う事で、アリナーの居るこの世界を守る、そういう事だ。」


自分は普通の人にはないものを持っている。
そう言って、アイオリアは握り拳にギュッと力を籠めた。


強い力と、技、そして、星の守護を受け選ばれた人のみが手に入れられるもの、それが聖闘士の聖衣。
何のために自分が、それ等を持っているのか。
全ては守るため、戦うため。
戦う事の出来ない全ての人の思いを背負って、この拳を振るうため。


静かだが、反論を許さぬ厳しいアイオリアの口調だった。
決意の籠もった彼の声が、静寂の支配する宮の中に響き、石造りの壁や天井に吸い込まれて消えていく。


「分かってる。それでも……。」


それでも引き留めずにはいられない。
聖闘士である人を恋人に持つという事。
それが、どれ程の苦しみと悲しみを持って過ごさなければならない日々になるのか、私は良く分かっていて、アイオリアと共にある事を選んだ。
それでも尚、どんなに頭で理解していようと、心が、身体が拒絶してしまう。
心は行かないでと泣き叫び、身体は意思を無視して涙を流す。
これが聖闘士を好きになってしまった女の運命だというのなら、私は全力で運命に抗いたかった。


「アリナー……。」


カツン。
聖衣の爪先が床へと当たった小さな音が幾重にも反響し、二人の間に張り巡らされた緊迫の糸を揺らした。
ふわりと踊る真っ白なマント。
振り返ったアイオリアと目が合う。
悲しい程に澄んだ緑色の瞳と。


「アリナー。俺の気持ちとしては、俺の帰りは待たなくても良い、そう言いたい。俺の事は忘れてくれと、君に言いたい。」
「そんなの無理よ……。」
「だろうな。だから、俺はアリナーの望む言葉を置いていこうと思う。」


本当は君を縛るような事は言いたくない。
自由に生きて欲しい。
幸せになって欲しい。
苦しそうに目を細め、切れそうな程にギュッと唇を噛み締め、アイオリアは言葉を続ける。
それでも、今、俺に出来る唯一の事は、君の望む言葉を残していく事くらいだから、と。


「待っていてくれ、アリナー。例え、俺が戻らなくても、ずっと待っていて欲しい。」
「アイオリア……。」
「待ってさえいてくれれば、それで良いんだ。アリナーが他の男を好きになろうと、他の男と結婚しようと構わない。その心の片隅で、ずっと俺を忘れないでいてくれれば、それで……。」


涙で視界が滲んだ。
目の前に立つアイオリアの堂々とした聖衣姿すら、ぼやけて金の光のようにしか映らない。
心の片隅だなんて言わないで。
例え、貴方が私の心が縛られるのを厭おうとも、この心の大部分、いや、心の全ては、永遠に貴方だけで占められているのだから。


ゆっくりと手を伸ばす。
掠れて曖昧な視界のまま触れたアイオリアの手を取り、聖衣に覆われた手の甲に、私はそっと唇を落とした。



何があっても、この想いは永遠



力強い足取りで十二宮の階段を下りていくアイオリアの後ろ姿が、再び涙で霞んでいく。
それでも、私は涙を拭い、金の光に滲む彼の姿を必死で眺め続けた。
網膜に焼き付けて、絶対に忘れないように。
そう、彼が纏うあの金の光は、これから生きていく中で、私の道を照らす一条の光になるだろうから。



‐end‐





イメージは、聖闘士が全滅してもおかしくないような大きな戦いの前に、恋人を振り切って死地へと向かうニャー君みたいな感じ。
きっと、このシチュだと、何処の宮でも同じような展開になるとは思うんですが、これが蟹や山羊なら、背を向けた後ろ姿が冷酷過ぎる雰囲気になりそうだし、ロス兄ならキラキラ眩し過ぎる気が(苦笑)
ニャー君が一番、無理に振り切ろうとして振り切れない苦悩みたいなのが如実に表れ出るだろうとの勝手なる見解でしたw

2013.09.01



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