静かな書庫の片隅で



教皇宮の中には、広く巨大な書庫がある。
それは遥か昔、女神がこの地を『聖域』として治めるようになってからずっと、受け継がれ残されてきた多くの資料を保管するためだ。
古い古い、まるで歴史書のような資料から始まって、つい先日まで行われていた各宮の修復工事の記録まで。
勿論、最近ではデータ化が進み、このように紙媒体で記録を残す事も少なくなってきているのだが。
人知を越えた事件などを数多く扱う聖域と聖闘士にとって、昔の記録は頼りにすべき道標となる。
どんなに古い資料でも、必要とされる事は多い。
だから、こうして今でも、書庫に収められた資料は現役で活躍しているのだ。


「ん……。あ、あれ? 届かない……。」


その書庫の一角。
やや奥まった、あまり人気のない書棚の列の間に、アリナーの姿があった。
彼女は良くココにいる。
いつも決まってサガに、同じ資料ファイルを取って来てくれと、頼まれるからだろう。
そして、今まさに、その資料を書棚から取ろうと、アリナーは悪戦苦闘していた。


「あと、ちょっと……。うぅん、もう! 誰かが奥へ押し込んだのかしら?」


その資料は目的の書棚の一番上の列――、よりも更に上。
書棚の上の空いたスペースに乗せられていて、背の低いアリナーには、多少、いや、かなり取り難いのだろう。
普段は彼女しか使用しない、と言うよりは、サガが彼女に取って来させる以外には使われない資料だからか、アリナーは手を伸ばせばギリギリ届くようにと、その資料ファイルを少しだけ手前に引き出して置いていた。
それが、今日はどうやら奥へ押し込められていたようで、アリナーが一生懸命手を伸ばしても、飛んだり跳ねたりしながら取ろうとしても、その手がファイルに触れる事はサッパリなかった。


「きっと背の高い人ね、こんなに奥へ資料を押し込んだのは。嫌になっちゃう。背の低い人の気持ちを、全く理解してないんだから……。」


書棚と書棚の間の狭い空間に入り込んで、一番端にあるファイルを取ろうと必死に格闘しているアリナー。
ブツブツと独り言を零しながら飛び跳ねる、その姿は小動物のようで可愛らしくもあり、微笑ましくもある。
遠巻きに、その様子を見ていた俺も、思わず口の端に笑みが浮かんだ。


「手伝ってやろうか、アリナー?」
「あ、アイオリア様。」
「この資料ファイルか? ほら、取れたぞ。」
「はい。うわぁ、流石にアイオリア様くらいの長身だと、軽々と届いちゃうんですね、羨ましい。」


受け取ったファイルを胸に抱えたアリナーは、いつもは真ん丸な目を柳のようにスッと細めて、ニッコリと笑った。
その笑顔が、また何とも言えず可愛くて、癒される。
俺もつられて微笑んでしまうくらいに。


「ありがとうございました。お陰で助かりました。偶然、アイオリア様が通り掛かってくれなかったら、ずっと取れないままでしたよ、きっと。」


いや、偶然ではないんだがな。
と、心の中でだけ苦い笑みを浮かべる。
そんな俺の心の動きに気が付いてか。
それとも何かを感じ取ってか、穏やかな微笑みを浮かべていたアリナーが、少しだけ不安そうに小首を傾げた。





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