思い出香る夜



今夜は駄目かと思っていた。
女神――いや、今日は『城戸沙織』嬢と言うべきか。
その彼女が主催するグラード財団と繋がりの深いゲストを多数招いてのクリスマスパーティー。
女神の護衛という名目で日本に滞在する自分も、勿論、聖域代表として当たり前に出席しなければならず、少々面倒臭い客人の相手をして、今日この日を終えるものだとばかり思っていた。


だが……。


「驚いたな。いつの間に?」
「ふふっ。ちょっとズルい手だけど、ココ、グラード財団系列のホテルだから。」


こんなギリギリでも部屋を取れたのよ、なんて悪戯な笑顔を浮かべて告げるアンディ。
先程まで自分が居たパーティー会場の喧騒が嘘のように、この部屋には静かな空気が流れていた。


そもそも、こんな時期まで日本に居る予定ではなかったのだ。
クリスマスには余裕で聖域に戻っている筈だったのだが、なかなか帰りたがらない女神のお陰で、俺も帰る機会を失いっ放しだ。
流石にそれが申し訳ないと思っていたのだろう、早々に下がる事を許されたのには驚いた。


そうか、女神は知っていたのかもしれない。
アンディが、今日のためにホテルの部屋を取った事。
もしかすると、彼女が部屋を押さえて欲しいと頼んだ相手が、恐れ多くも女神だったのかもしれないな。
そこまで考えが到達して、無意識に苦笑いが浮かぶ。


「何、アイオロス? その苦いものでも食べたような顔は?」
「いや、ただ驚いてるだけだよ。女神に、最上階のラウンジでアンディが待っているからと告げられた時も驚いたが、この部屋を見て、もっと驚いた。今日は驚きっ放しだな。」


部屋は最上級スイートルーム――、は流石に押さえられなかったみたいだが、それでもエグゼクティブルームくらいだろうか。
二人で過ごすのに広過ぎず狭過ぎずなゆったりとした空間に、聖夜の東京を一望出来る素晴らしい眺め。
部屋はクリスマスの特別仕様でクリスマスツリーが置かれ、派手にならない程度にシックに飾り付けられている。
もし聖域にいたならば、間違いなくこんな素敵なクリスマスは過ごせなかっただろう。
恋人達の心を擽る巧みな演出、そんな日本のクリスマスに俺はすっかり飲まれ、魅了されていた。


「こんなクリスマスなんて、きっと一生に一度。日本のクリスマスを満喫出来るなんて、そうそうないチャンスでしょ? それに、次のクリスマスもアイオロスと一緒にいれるとは限らない訳だし……。だからね、奮発したのよ。」


そうだな。
俺は聖闘士だから、いつ彼女の前からいなくなってもおかしくない。
今は奇跡的に甦る事を許された俺だけど、この次はそんな都合の良い事は有り得ないと分かっている。
だから、いつ別れが来ても後悔しない様にと、その想いがあるのだろう。


一生、心に残る思い出作り、か。
アンディらしいな。


「待て、奮発しただって? まさかアンディが払うつもりか? そんな事はさせられん、俺が払う。」
「それじゃ、いつもと同じじゃない。それは駄目。意味がないもの。」
「しかし、それでは俺の気が済まない。」
「でも……。」


結局、強情なアンディを何とか説得して、ココの料金は折半にする事にした。
俺が彼女の分を払い、彼女が俺の分を払う。
二人で半分ずつというのも何だか新鮮で、きっと、これも良い思い出となるのだろう。





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