小さな贈り物



いつの間に眠ってしまったのだろう?
知らず知らずの内に夢の世界へ落ちていた意識が、何がきっかけかは分からないが、急に現実へと引き上げられて。
目覚め特有のぼんやりとした意識の中、未だ目を瞑ったまま私は考えていた。


射手座の黄金聖闘士と教皇補佐という重要な役職を兼任するアイオロスは、アテナ様に付き従って聖域を離れる事も多い。
もう一人の教皇補佐であるサガが、主に事務方の執務を一身に背負っているために、滅多に聖域を離れる事が出来ないという理由もある。
だから、どちらかと言えば気軽に何処へでも出て行けるアイオロスを、アテナ様は護衛兼仕事のパートナーとして重宝していた。


いつも気難しい表情をしているサガよりも、にこやかでいながら聡明さを失わない笑顔を、必要とあれば惜しみなくバラ撒けるアイオロスの方が、対外的な仕事には向いているとの判断もあるのだろう。
アテナ様の大きな信頼を得て、輝かんばかりに教皇補佐としての役目を務めるアイオロスを、勿論、私は誇りに思っている。
だが、そう思ってはいても、やはり、こうも頻繁に聖域の外へ行ってしまう、私の傍にいないというのは寂しいもの。
三週間もアイオロスの顔を見る事が出来ない日々が続いて、私はここ数日、鬱々として過ごしていた。


そして、昨日、やっとアイオロスが聖域に戻ってくるとの知らせを受け、例えどんなに遅い時間、深夜になっても、明け方になろうとも、寝ないで彼の帰りを待っていようと、そう決めていたのに。
私とした事が、うっかり寝てしまうなんて……。


折角、ダイニングテーブルを素敵にセッティングまでして、待ってたのにな。
帰ってきた彼と、向かい合って一杯。
なんて思いながら、アイオロスの一番好きなワインも用意して。
もう真夜中だからと、室内灯は落として、その代わりにテーブルの上には柔らかな光の輪を作るキャンドルを二つ。
以前、アイオロスと一緒に市街へ出掛けた時に買って貰った、可愛いキャンドルを灯して。


はぁ……、全くもって駄目な私。
戻って来たアイオロスは、こんな私の姿を見て、呆れて寝ちゃったんだろうな。
きっと、彼はとても疲れているだろうし。


そこまで考えて、やっとシッカリと覚めてきた私の意識。
そろそろ視界の方も、虚ろな微睡みから抜け、ハッキリとしてきているだろうと、ゆっくりと目を開きつつ、テーブルに突っ伏して寝ていた身体を起き上がらせた。


「……っ?! アイオロス?」


だが、起き上がって直ぐ、真っ先に視界に飛び込んだのは、テーブルの向かい側、自分と同じように突っ伏して眠るアイオロスの姿。
キャンドルの淡い灯りが、その柔らかな金茶の髪に、ゆらゆらと揺れ動く影を作っている。


見れば、用意していたワインは空けられていて、彼のグラスに赤い雫が僅かに残っていた。
そして、少量だけ注がれたまま手付かずの私のグラスが、テーブルにワイン色の影を落としていた。
それはアイオロスがワインを口に運びながら、暫くの間、私の目が覚めるのを待っていた事を物語っている。


私ったら……。
アイオロスが帰宅した音どころか、目の前でワインコルクが抜かれても、気付かないで寝てたんだわ。
もう、自分、本当に最低。


アイオロスを起こしてしまわないよう抑えて吐いた溜息が、未だ燃え続けるキャンドルの火を揺らす。
同時に立ち上がっていた私の肩から、ヒラリとブランケットが床へと落ちた。


「これ……。」


アイオロスだ。
彼が、寝ている私に掛けてくれたのだろう。
自分の方が、私なんかよりも、ずっとずっと疲れている筈なのに、この人はどこまでも優しい。
その優しさに、私はついつい甘えてしまう。


「風邪、引くよ……。」


アイオロスがそうしてくれたのと同じように、彼の肩にそっとブランケットを掛けて。
そして、キャンドルの灯りに透けるその金茶の髪に優しく触れ、ゆっくりと撫でた。


「お疲れ様、アイオロス。」
「ん……、ぅんっ……。」


刹那、アイオロスは僅かに身動ぎをして、だが、相当に疲れているのだろう、そのまま目を覚ます事はなかった。
本当はベッドに運んで上げたいのだけど、私の力では彼の身体は持ち上げられない。
可哀想だけど、今はココで、次に目が覚めるまでは、せめて暖かな夢を……。


不意に、突っ伏して投げ出された彼の右手の中に、何かが握り締められているのが見えた。
先程、身動ぎした時に、隠れていたのが出てきてしまったのだろう。
何だか凄く興味をそそられて、その手の中を覗き込む。
と、それは彼の大きな手にスッポリと握り込める程に小さな箱だった。


あの箱には見覚えがある。
良くジュエリーショップなどで見掛ける、あれ。
美しく華奢な指輪を収納するためだけに作られた小箱。


間違いない。
これは、きっと私へのプレゼント。
アイオロスも早くこれを渡したくて、私が目覚めるのを今か今かと待っていたんだ。
私が彼の帰りをドキドキと待っていたのと同じように。


アイオロス、今度こそ貴方が起きるまで、寝ないで待っているから。
だから、目覚めたその時は、その指輪を私に真っ先にプレゼントしてね。
惜しみない愛の言葉と共に。



心はいつでも繋がっているから



数時間後、ぼんやりと夜の明けた薄暗闇の中、アイオロスは目覚めた。


「……ん? あ、あぁ。寝ちゃってたのか、俺?」
「おはよう、アイオロス。」
「あぁ、おはよう、アンディ。あ、いや、それよりも……。」
「??」
「ただいま、アンディ。会いたかった。」
「おかえり、アイオロス。私も会いたかった。」


優しく抱き寄せてくる彼の腕に身を任せ、柔らかに触れ合う温かなキスを。
そして、私達の甘い朝のひと時は、これからベッドの中で……。



‐end‐





名前変換が極端に少なくてスミマセン;
お疲れなロス兄さんが書きたいと思ったら、本文中では、ほぼ寝ていて台詞が全然なかったとかいう(滝汗)
まぁ、でも、疲れた顔に色気を滲ませるロス兄さんとか良いとか思ったりしませんか?(重症です)

2009.11.17



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