ただ愛しくて愛しくて



きっかけは――。
そう、弾けるようなあの笑顔。


大きな瞳をスッと細めて、いつも柔らかく微笑んでいる彼女。
うん、微笑んでいる印象はあるんだ。
だが、顔を綻ばせ、声を上げて笑う印象はあまりない。
あまりないと言うか、見た事がなかった。


それが、あの日。
そのおしとやかな微笑を崩して、笑い声まで上げて笑った彼女を、俺は初めて見た。
きっかけなんて覚えていない。
女官達同士でお喋りでもしていたのを偶然、見掛けたとか、そんな時だったように思う。
何せあの瞬間、彼女の笑顔に俺の心は全て持っていかれてしまったから、どんな状況だったかなんて、どうでも良くなっていたんだろう。


いつも弧を描いていた小さな唇をパッと開いて、それはそれは楽しそうに笑った。
そして、俺はその笑顔に釘付けになった。


『好きだ。』


刹那、そう思った。
彼女の笑顔が好きだ。
そして、好きなのはその笑顔だけじゃなく、彼女が見せるどんな表情も、どんな仕草も。
いつの間にか彼女の全てを、俺は好きになっていた。


「アナベルっ!」
「あ、アイオロス様。」


ある日、教皇宮から人馬宮へと戻る途中、十二宮の階段をテクテクと下りていくアナベルに、偶然、出会った。
小走りで駆け寄り、彼女の隣を並んで歩く。
その可愛い顔を見たさに真横を振り返ると、見えるのは彼女の頭の頭頂部。
濃いブラウンの髪が、階段を下りるリズムに乗ってフワフワと揺れ、艶めく髪に天使の輪が輝く。
今、彼女がどんな顔をしているのか、その表情は全く見えない。


随分と身長差があるのだな。
そんな事、今頃になって気付く。
アナベルの手も足もスラリと細くて、身体の線のなんと華奢な事か。
この手を伸ばして抱き締めてしまえば、すっぽりと俺の腕の中に入ってしまうだろう、小さな小さな彼女。
アナベルがまるで幼女のように小柄なのだと、今更ながらに気付き、彼女を愛しいと想う気持ちが、俺の中で余計に増した。


「……アナベル。」
「っ?! アイオロス様っ?!」


人馬宮の中に入って、僅かばかり進んだ頃。
俺は抑えられない欲求に逆らわず、心の想うままに彼女の手を引いた。
人気のない薄暗い宮内、誰かが通り掛る心配もない。


「あの……、アイオロス、様?」
「好きだよ、アナベル……。」


驚き見開かれる瞳、いつも大きな瞳が更に大きくなって揺れ動いている。
驚いた顔も、今、初めて見た。
その表情にも心惹かれる。
今の俺は、彼女の見せるどんな表情にも、きっと魂を抜かれたように見惚れてしまうだろう。


何も言わず、ただ黙ってアナベルを見つめた。
何も言わず、黙って手を伸ばし、髪に触れて撫でた。
何も言わず、両手で頬を包み、その小さな唇に自分の唇を寄せた。


一瞬だけ、ハッと息を呑む音が響いて、後はただ静寂。
シーンと静まり返った宮内に、遠く風の音が聞こえる程に。
そう、熱く重ねた唇で、彼女の音は俺が全て奪ったから。


触れ合った唇の予想通りの柔らかさに、心がドクンと高鳴る。
重ねただけの唇を、更に強く押し付け、その感触を確かめる。
唇を流れる血の動きさえ伝わりそうだ。
だが、それも何処か心地良い。


ゆっくりと唇を離せば、アナベルの顔に浮ぶのは戸惑いなのか驚きなのか。
微笑んでいるようで、泣きそうなようで、嬉しいのか悲しいのか分からない、とても不思議な顔をして俺を見上げていた。
あぁ、これも初めて見る彼女の表情だ。
どんなアナベルも、今の俺には愛おしい。


「あ、あのっ。えっと……。アイオロス……、様?」
「好きだよ。キミが好きだ。」


正直な気持ちを、真っ直ぐに伝える。
腕の力は緩めない。
アナベルはどうして良いか分からないといった様子で瞳を揺り動かしながら、それでも俯いたりせずに、俺を見上げていた。



色んな顔を見せて、この腕の中で



何か言いた気に薄く開いたアナベルの唇。
刹那、自分でも気付かぬ内に、再び彼女の言葉を奪っていた。


「ふっ……。んんっ、ん……。」
「好きだよ……。キミが、アナベルが、好き、だ……。」


今度は重ね合うだけじゃない、その隙間から熱く深く。
彼女をもっと感じるために激しく絡んで貪って、苦しくなるくらい、辛くなるくらい。
理性も抑制も効かなくなった心で、この心が望むままに、愛しいアナベルの柔らかな唇に濃厚なキスを繰り返した。



‐end‐





暴走ロス兄さん、今回はキス魔ですw
何となく書きたくなったのですよ。
兄さんの一目惚れ→ 一方的に告白→ ほぼ無理矢理、既成事実作って恋人へ!
みたいな話が。
でも、後半の無理矢理〜ってのは危険なので、前半だけで止めましたけど(汗)
そんなこんなでロス熱が下がりません^^;

2009.12.07



- 1/1 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -