愛しい子猫



「待てよ、アナベル。何をそんなに怒ってるんだ?」
「怒ってない!」
「いや、怒ってるだろ?」


自分の目の前をズカズカと早足で歩き続けるアナベルを追い駆け、気付けば中庭に出て来ていた。
夏には青々とした木々が爽やかで、寛ぎに来る人も多い、この教皇宮の中庭だが、今はもう冬前。
色を失った木々は落葉して裸となり、肌寒い風が通り抜ける空間は閑散としていた。


「俺が何か悪い事でもした? 何か気に障る事でも?」
「別に……。」


何もないなら、こんな風に不貞腐れ、膨れてそっぽ向いたりしないじゃないか。
さっきまでは、至って普通に、いや、楽しげに話しをしながら仕事をしてたのに。
こうしてコロコロと変わる彼女の気持ち。
いつもの事ながら、俺はどうして良いのか分からなくなる。


「知ってるだろ? 俺は女心には疎いんだって。言ってくれなければ分からない。」
「……。」


どんなに急ぎ足で歩こうと、アナベルに追い付くのは簡単だ。
腕を掴んで引き止めて、力任せに抱き締める事だって出来る。
だが、そうはしない。
そんな事をすれば、「また、そうやって誤魔化す。」と、彼女の怒りが返って増す事を、良く知ってるから。
だから、精一杯の誠意を示して、こうして根気強く聞き出すしかないんだ。
何がアナベルの機嫌を損ねたのかを。


「ほら、言って。何処がいけない? 何が悪かった?」
「……さっき。」
「ん? さっき?」
「さっき、書庫の女官の子に笑い掛けてた。」
「あぁ、それか……。」


あの女官の子、俺が書庫に置き忘れたファイルを、わざわざ届けてくれたっけ。
でも、別に何という事はない。
ただ、届けてくれたファイルを受け取っただけだ。


「ありがとうって、言っただけだよ?」
「でも……。アイオロス、凄く嬉しそうに笑ったもの。」
「いつもと同じだよ。特別な笑顔でも何でもない。」
「だって、あの子……。胸がおっきかったし……。」


そうか、それか。
自分自身に対する自信の無さが、言わばアナベルのコンプレックス。
それが強い嫉妬となって、いつも俺に返ってくる。
こんな自分だから、俺が『余所見』をするのではないか? と、不安になるんだろう。


「別に胸の大きい子が好きとか、そんなのはないけど。」
「でも、男の人は、やっぱり大きい方が好きでしょ? 私なんて絶壁だから、余計……。」


どうして、そう思うのか、俺には全く分からないのだが。
俺はアナベルが好きだ。
彼女の胸が大きかろうが小さかろうが、そこは全く関係ない
それは胸以外にも当てはまる事。
アナベルであれば良いのだ。
胸が小さかろうが、髪が短かろうが、背が低かろうが、その全て込みで彼女が好きなのだから。


「俺の好みは、全部、アナベルだよ。顔も身体も、髪も瞳も、考え方も性格も、全部全部。」
「……ホントに?」
「本当さ。」
「……こんな嫉妬深くても?」
「勿論、それも込みで好きだよ。」
「……嫌になるでしょ?」
「全然。より一層、好きになるだけだ。」


嫉妬深いって事は、それだけ俺の事を思ってくれている事の裏返し。
アナベルがそんなにも強く俺を好きになってくれてるのならば、嬉しいと思いはすれど、嫌いになんてなる筈もない。
ちょっとした事で嫉妬するキミも、直ぐにそれを後悔して涙ぐむキミも。
みんなみんな好きなんだ。


「私も好きよ。アイオロスの事……。」
「そうか。なら、良かった。」



嫉妬する心ごと、キミの全部が好きだ



涙ぐむアナベルを、そっと抱き寄せれば、嬉しそうに腕の中に収まってくる華奢な身体。
まるで猫のように不機嫌と上機嫌を繰り返して。
そんな彼女が愛しくて愛しくて、愛して止まない。
不安にさせてしまった分、今夜はたっぷりと彼女に愛を示そう。
この心と身体を使って。



‐end‐





ウチのロスお兄さんは、嫉妬深い子でも余裕たっぷりに受け止められる大人の男ですw
ちなみにヒロインさんは、教皇補佐付きの女官でロスの恋人。
いつもちょっとした事で嫉妬し、お兄さんを困らせてしまう常習犯です。
そんなヒロインさんにも、広い心で(エ)ロス暴走しちゃうロス兄さん。
何だかんだでバカップルなのです^^

2008.12.05



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