夜の帳の向こう側



夜は、ただ疲れを癒す深い眠りのためにあるものだと思っていた。
ゆっくりと休んで、忙しい仕事のために身体中に溜まった疲労を取り払う。
そしてまた、次の日は朝から元気に働く。
そのための時間だと。


疲れを取るために必要不可欠な睡眠を削ってまで、余計に疲れるだけの関係を持つなんて、どうかしてる。
疲れの上に疲れて、何が嬉しいのだろう?
そんなヘトヘトになって、それでもまた次の日には、朝から仕事に追われるというのに。


「そりゃあ、決まってるよ。ヘトヘトになって、次の日が辛くても良い。そう思えるだけの価値が、その時間にはあるからさ。」
「価値? そうは思えませんけど……。」


この日、教皇補佐のアイオロス様と教皇秘書の私は、たまたま執務室に二人きり、書類整理をしていた。
面白くもない書類を処理していきながら、最初は世間話みたいな取り留めのない事を話していて。
その内に、「彼氏はいないの?」とアイオロス様が聞いてきたから。
私は「必要ないですわ。」と一言、そう答えて、そこからこんな話に発展してしまった。


「あの時に分かち合える喜びってのは、疲れすら忘れてしまう気分だろう?」
「疲れは疲れです。後で後悔するくらいなら、初めからしなきゃ良いんです。」
「でも、寒くて眠れない夜に、傍にいて抱き締めて、身体の奥から暖めてくれる人がいるっていうのは、最高の幸せだと思わないかい?」
「暖まる方法なら、他に幾らでもあるでしょう?」


そうよ、寒くて眠れないなら、毛布を増やせば良いのよ。
お風呂に入って温まるのだって良い。
なにも好きこのんで、疲れるだけの行為に身を投げ出す必要はないのだ。
そこで得られる一瞬の喜びのために、自分の大切な休息の時間を潰すなんて、勿体ないとしか思えない。


「強情だなぁ、アナベルは……。」
「貴方は聖闘士で、体力が有り余っているから、そんな事に時間を費やそうと、大した疲労にもならないのでしょうけど。私は、そうはいかないですもの。」
「そうかな? 俺には食わず嫌いにしか見えないけど?」


食わず嫌い?
何よ、それ?
思わず眉を寄せて顔を顰めた私に、アイオロス様はハハハッと笑って見せた。


「自分でやってみもしないで、頭から否定する。それって、ある意味、逃げなんじゃないのかな。」
「そ、そんな事……。」


ないって言ったら、嘘になるのだろうか。
確かに、自分の時間やあれやこれやを犠牲にしたくないから、初めからそういう関係に飛び込もうとはしなかったけれど。
でも、私だって大人の女だ。
それなりの経験だってあるにはあるが、それがそれ程に良いものだったなら、今現在、こんな考えには至っていなかった。


「きっと、相手が悪かったんだろうな。それなりに相性もあるからね。本来なら、これ以上、刺激的で心を揺さ振られるものはないんだから。」
「そうでしょうか?」


訝しげな面持ちでアイオロス様の顔を見てると、急に彼の表情がパッと真剣なものに変わった。
その変化に、何故か心がドキリと高鳴ったのを知って、自分自身に吃驚する。
彼の深い青緑色の瞳の奥に輝く何かは、この瞬間、私の身体の奥でずっと眠っていた感情を、そっと揺り起こした。


「試してみようか、アナベル?」
「……え?」
「俺と試してみないか? で、やっぱり駄目だったなら、この先もキミの持論を貫き通せば良い。で、俺とはまた元の『教皇補佐と教皇秘書』に戻る。何もなかったと思えば良い。」
「駄目じゃなかったら?」


駄目じゃない。
それはつまり、自分の時間を削っても、アイオロス様と関係を結ぶ素晴らしい時間を選ぶという事。
そして、彼と関係を結び、それを続けていくという事は……。


「勿論、その時には、俺は喜んでアナベルの相手を続けるさ。俺としては、それが望みだからね。まぁ、絶対に駄目じゃないって自信もあるし。」


その関係を続けていくという事は、アイオロス様と愛を交し合うという事だ。
身体だけの関係ではなく、心も全て含めて、愛し合い分かち合うという事。


書類を処理していた手を止め、頬杖を付いて私をジッと見ているアイオロス様。
その口元には余裕の笑みが浮かび、表情も柔らかに微笑んでいる。
でも、その瞳だけは真っ直ぐに真剣に、私の事だけ見つめていて。
私は椅子に座っているというのに、目眩で倒れそうになった。



今夜、夜の帳が下りる頃、貴方の腕の中で、新しい世界を知るだろう



試す必要もないと思った。
多分、その瞳の力だけで私の持論など脆く崩れ去り。
私は少しでも早く、彼の身体に抱かれたいとさえ感じてしまっていたのだから。



‐end‐





ロス兄さんとヒロインさんは、真面目に仕事していると見せ掛けて、話してる内容はEROそのものです(爆)
仕事しながら、何ちゅう話をしているのですか、貴方達は;
それよりも、ロス兄さん、今日も策士ですねw
ヒロインさんは見事に誘導(誘惑)されて、ロス兄さんの毒牙に掛かってしまいましたケド;
(エ)ロス兄さんは眼力だけで、女性をその気にさせられるんですね、流石です^^

2008.06.03



- 1/1 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -