指先から鈍痛



ペンを握る度に、指先にピリリと走る微かな鈍い痛み。
文字が書けないとか、書類が作れないとか、そこまで酷い痛みじゃなくて、聖闘士としてはホンの僅かの至極些細な微痛。
だが、ちょっと動かす毎に走るムズ痒いような痛みに、その都度、動作を止めてしまう自分がいる。


「どうしたいんだい、さっきから?」
「……ん? どうしたって、何が?」
「惚けても無駄だよ。その指の絆創膏、随分と気になるみたいじゃないか。怪我でもしたのかい?」


目聡いな、アフロディーテ。
報告書の作成に集中してるようだったから、俺の様子なんて目に入っていないと思ってたんだが、しっかり気付かれていたか。
陽の当たる午後の執務室。
俺は溜息を一つ吐くと、デスクの上に置きっ放しになったまま、スッカリ冷え切ってしまったコーヒーを口に含んだ。
冷えた飲料特有のドロリとした感触が、ゆっくりと喉を通って落ちていく。


「噛まれたんだよ。」
「噛まれた? 犬? 猫? そもそもキミ、ペットなんて飼ってたっけ?」


犬や猫なら可愛いものだがな。
残念ながら、この噛み傷は犬でも猫でもなく、人によるもの。
太い絆創膏を巻いた人差し指を目の前に掲げ、俺はもう一つ溜息を吐く。
犬や猫ならば、何か嫌がる事をして怒らせてしまったのだろうと、それで済む問題だが、相手が人となると、まるで話が違ってくる。
何故、噛み付かれたのか。
どうして噛まれなければならなかったのか。
指先の痛みが疼く度、何度も頭の中でリフレインされる疑問。


「噛まれたって、まさかアイオリアに?」
「違う。何故に俺がリアに指を噛まれなきゃならないんだ。」
「いや、ほら、キミさ。二十歳過ぎの弟に対して、無駄に過保護だろう。それで、また性懲りもなく弟のアレコレに首を突っ込んじゃって、それを怒ったアイオリアに噛まれたのかと……。」
「怒ったからって噛み付く聖闘士などいないだろう。そもそも、リアが本気で噛み付いたら、今頃、指が千切れてるさ。」


相手がリアなら、こんな可愛い傷では済まない。
再び、絆創膏の巻かれた指を眺めて溜息。
いっそ、弟に反抗された程度なら、こんなに気にはならないのだが……。


「成る程、女の子に噛み付かれたって訳か。流石の英雄も女心には疎いんだね。」
「そんな事は……。」
「で、一体、、何股かけたら女の子に噛み付かれるような事態になるんだい?」
「失礼な。俺は、そんなに女癖は悪くない。」
「そうなのか? 寄ってくる子には誰かれ構わずに手を付けてるって話、聞いた事があるけど?」


誰だ、そんな根も葉もない噂を流したヤツは。
まるで俺が筋金入りの女誑しで、女官達に手を出し捲ってるみたいな言い草だ。
俺は皆が思っているような遊び人じゃない。
一途だし、真面目だし、いつも真剣で誠実なつもりだ。
女官達にだって手を出したりしないさ……、たった一人を除いては。


「はぁ……。」
「また溜息。溜息の数だけ婚期が遅れるよ。」
「何だ、そりゃ? 幸せが逃げるって話は聞いた事があるが、婚期が遅れるってのは初耳だぞ。」
「私が自分で見聞して出した結論さ。ソースの大多数はサガだ。」


書類と格闘しながら数分に一度は溜息を吐いているサガの姿を思い浮かべ、成る程と思う。
が、思うと同時に、また溜息が零れる。
これはもう、溜息の原因に直接、当たってみるしかないな。
そう思いながら、俺は処理の終わっていない書類を抱えて、自席を立った。





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