ある朝の憂い



カチャリ。
スプーンをティーカップの受け皿に戻した音が予想外に大きく響き、私の胸の内側で、ビクリと心臓が飛び跳ねた。
だけど、それを彼に知られてはいけない。
目の前で能天気にニコニコと満面の笑みを浮かべている彼だけには。
私は努めて冷静を装い、いつもと同じく上品に笑みを浮かべた。
ともすれば、口角が引き攣ってしまいそうになるのを、何とか押し留めるよう、最大限の努力を払いながら。


「良い朝だ。天気も晴れ、青空が広がって、空気は清々しい。こういう朝は気持ちが良い。」
「えぇ、そうですわね。でも……。」
「でも?」
「アイオロス様がココにいらっしゃった理由が分かりません。清々しさよりは、モヤモヤ感の方が強いです。」


嘘、本当は分かっている。
理解し過ぎているからこそ、スプーンの鳴らした小さな音如きでビクビクとしてしまうのだ。
そんな私の心を知ってか知らずか、彼の笑顔は一ミリも変わらない。
一見、彼は単純そう、心の内が分かり易そうに見えるのに。
この人ほど、何を考えているのか全く読めない人はいない。
今だって、そう。
何か突拍子もない事を言い出すのではないかと、私は気が抜けないでいる。
一秒たりとも油断なんて出来ないわ。


「だって、俺の宮に呼んでも、何だかんだこうだそうだと理由を付けて、アナベルは上手い事、逃げるじゃないか。だったら、俺が君の部屋に押し掛けた方が早い。というか、それしか方法がないだろう?」
「つまり、逃げ道を塞いで、逃走不能にしようという魂胆ですか。」
「人聞きが悪いなぁ、そんな言い方されると……。ま、実際ところは、アナベルの部屋の中がどういう雰囲気なのか、見てみたかっただけなんだけどね。こういうチャンスは滅多にないから。」


どちらにしたってタチが悪い。
私生活の様子など、他人には見られたくない、知られたくないものなのに。
それを平然と抉じ開けて、好き勝手、ジロジロ覗き込もうだなんて、この人はどれだけ私を戸惑わせれば気が済むの?


「昨日のお返事でしたら、『ノー』だと言った筈です。」
「言ったね。でも、俺は昨日から、アナベルが『イエス』と答えるまでは粘り続けると言った筈だけど。」
「それだと堂々巡りになります。」
「確かに。だから、どちらかが諦めなきゃならない。この場合、黄金聖闘士の俺が退けるなんて事は有り得ないから、やっぱりアナベルが受け入れるしかないよね。」


また、シレッと自分の都合の良い方向に誘導していくのだから、この人は。
本当にタチ悪い、悪過ぎるわ!
呑気にズズッと紅茶を啜り、今も笑顔を崩さないマイペースな表情が、何処までも憎たらしい。
昨日の今日だというのに朝から押し掛けてきて、こうも自分勝手に突き進んでいるクセに、ゆったり悠長に構えている姿も、より一層、憎たらしい。


「おかしいなぁ……。」
「何がです?」
「これだけ不意を突けば、アナベルも余裕を失って、多少なりとも靡くかと思ったんだけど……。」


余裕なら、もう既に失っている。
ただ、それを知られまいと、表に見えないよう必死に隠しているだけ。
そして、それが今のところは見事に成功しているだけ。
優秀な女官として長年を掛けて身に着けたポーカーフェイスを、そんなに簡単に崩されて堪るものですか。


「そのような戯れ事を……。」
「戯れの言葉なんて、俺は一度も言った事はないよ。いつだって本気、大本気さ。」
「戯れ以外で、私のような面白くもない女官を口説くだなんて、随分と変わった御趣味ですこと。」
「そうかな? 俺にはアナベルの冷静さが、可愛さにも見えるけれどね。」
「っ?!」


刹那、グラつく心。
本当に、この人は……、怖いなんて言葉じゃ済まない。
一瞬の隙に、懐まで入り込んでくる、一息に。


「あれ? 今、ちょっとだけ気持ちが揺れなかった?」
「あ……、っと、コホン。気のせいですわ。貴方の勝手な願望じゃありません、アイオロス様?」
「ハハッ。そうかもね。」


俺と付き合って欲しいんだ、恋人として。


そんなストレートな告白をされて、こんな私が素直になれるとでも?
こんなにも私の世界を、こんなにも私のペースを、掻き乱して揺るがす彼に、思い通りにさせないためにも。
この胸の内は、絶対に隠し通さなきゃいけないのよ。



余裕なんてない、いつだってドキドキしてる



お題配布元:
「確かに恋だった」



‐end‐





ロス兄さんの意図としては、告白を受け入れてくれれば最良。
駄目でも、粘って粘って粘り尽くして、その間の夢主さんとの駆け引きを楽しもうという魂胆です。
どちらにしても自分は楽しいし、最終的には落とせる自信があるので(苦笑)
夢主さんがドキドキと余裕を無くしているのも、実は、ちゃんと気付いているんだと思います、悪い兄さんですなぁw

2016.10.14



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