ふわり、揺れる髪に



スルリ、無意識に伸びた指先が、彼女の髪に触れていた。
驚きに跳ね上がる身体と、それに遅れて半瞬後、目を見開いて振り返る顔。
言葉にならないのか、彼女の毛先を摘む俺を唖然と見遣るアナベルの目は、真ん丸だ。
彼女は一瞬、何かを言い掛けて薄く唇を開き、だけど結局、何も言わぬままに閉じてしまった。


(このまま強引に唇を奪ったら、アナベルはどんな反応をするだろう?)


桜貝のような淡いピンク色の唇を眺めながら、摘んでいた一房の髪を、指の隙間からスルスルと滑り落とした。
その絹糸を撫でるような感触の、何とも言えない心地良さ。
もう一度……。
そう思って、伸ばした手は、だが、身を翻したアナベルが避けた事で、虚しく空を切った。


「アナベル、どうして避けるんだい?」
「アイオロス様こそ、どうして私の髪に触ろうとするのです?」
「そりゃあ、綺麗だからに決まっているだろう。綺麗なものには触れたくなるのが道理だからね。」
「だからと言って、突然、そういう事をされても……。」


前触れもなく、いきなりは困ります。
アナベルは、そう言って、眉をハの字に下げた。
明らかに困惑していると、一目で分かる表情。


「でもさ、髪を触らせて欲しいと、前もってお願いしたとして、キミは了承したかな?」
「そ、それは……。」


頼んだところで断られるのは目に見えている。
それどころか、冷ややかな目で見られた挙句に、変態扱いされかねないだろう。
だったら、最初から断りなんて入れない方が得策というものだ。
そもそも、今のは無意識だったのだから、あらかじめ頼むなどという選択肢は、初めからなかったのだが……。


「そういう事ばかりされていると、セクハラだって言われてしまいますよ。」
「セクハラ? これが?」
「権力に物を言わせて、断れない状況を作るのは、パワハラです。そして、女の人の髪に触るのは、セクハラの一種です。」


セクハラ……、権力……。
眉を上げて、アナベルに言われた事を脳内で反芻してみるが、どうにも納得がいかない。
いつの間に、この程度の事で、セクハラだなんて訴えられる世の中になったんだ?


すると、目の前で俺の顔をジッと眺めていたアナベルが、チョイチョイと俺の法衣の袖口を摘んでみせた。
成程ね、そういう事か。
今の俺は、十三年前の少年とは違う、ヤンチャという言葉では済まされない立場なのだと言いたいらしい。
しかも、ただの黄金聖闘士ではなく、教皇補佐という重職に就いている。
その事を忘れるな、と。


「キミは勇気があるな。」
「はい?」
「うん、そうだ。俺と付き合わないか、アナベル。」
「……はい?」


呆れと困惑と疑心暗鬼の入り混じった声色と、怪訝そうな表情。
今、彼女は自分の耳を疑っている。
それが如実に表情に現れ出ていた。


「俺が無意識に触ろうしたのは、アナベルの髪が好きだからだ。そして、綺麗な髪の持ち主であるアナベル自身も好きだからだ。しかも、キミは俺のセクハラ行為に対して、臆する事なく注意した。そんなキミの勇気に、益々惚れた。だから、付き合いたいんだ。」
「…………。」
「アナベル、返事は?」
「ノーと告げたら、なかった事になりますか?」
「ならないだろうな。」
「…………。」


彼女はあからさまに大きな溜息を吐き、それから、ワザとらしく頭を抱える素振りをした。
そのまま、余りに長く顔を上げなかったので、心配になって、軽く髪を撫でてみる。
すると、彼女は慌てて顔を上げ、真ん丸な目で俺の顔を暫く眺めた後、先程以上に大きな大きな溜息を吐き出して。
そして、また頭を抱えてしまった。



揺れる髪の誘惑



「明日、髪切ってきます。ショートカットにします、私。」
「ええっ、何で?! その長さの髪が綺麗なのに! 勿体ない、勿体ない!」
「知りません! 切るって言ったら、切るんです!」



‐end‐





このロス兄さんは、確実に夢主さんに変態認定されています(苦笑)
なのに、それに気付かない自己中街道まっしぐらなお兄さんって……。
ロス誕も近いというのに、こんな変な話でスミマセン。

2013.11.28



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